榊原信行氏:ヒョードル・エメリヤーエンコは総合格闘技の未来のために復帰する

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総合格闘技界の伝説ヒョードル・エメリヤーエンコ選手が引退表明から3年、リングに戻ってくる。日本のファンたちから「ロシアン・ラスト・エンペラー」と呼ばれるエメリヤーエンコ選手の復帰第1戦は、日本で開催される総合格闘技イベント「RIZIN(ライジン)」で、12月31日の大晦日に行われる。

エメリヤーエンコ選手は、ロシアの若手選手を引き連れて年末の試合に臨む。彼が、若手選手の支援、そして復帰を待ち望んでいたファンたちのために、大晦日の試合が終わった後もリングに上がるのかはまだ分からない。これは12月31日の試合結果に左右されるだろう。しかしファンたちはエメリヤーエンコ選手の勝利を信じている。エメリヤーエンコ選手は、総合格闘技に参戦してから40試合に出場し、35勝をあげている。

エメリヤーエンコ選手のスポーツ界での活躍は、榊原信行氏と切っても切れない関係にある。榊原氏は、総合格闘技イベント「RIZIN」の主催者で、世界的に有名な総合格闘技イベント「PRIDE FC (プライド・ファイティング・チャンピオンシップ)」の生みの親だ。

この度、榊原氏が「スプートニク」のインタビューに応じてくださった。榊原氏は、新たな総合格闘技イベントについて、次のように語っている-

「世界中の人たちが総合格闘技というスポーツに熱狂できるような、世界中の人たちにこの総合格闘技の魅力を伝えられるような、メジャーな舞台をもう一度つくり直して、次の世代につなげていきたいと思っています。それはサッカーで言えば『チャンピオンズリーグ』に匹敵するようなものであり、テニスの世界で言えば『ウィンブルドン』のような舞台、ゴルフで言えば『全英オープン』のようなものです。各スポーツの中にある皆が注目する大きな国際大会のようなものを、僕たちの世代がヒョードルさんと一緒につくりだして、それを次の世代に伝え、20年先、30年先も続いていくようなものにできたらいいなと思っています。そういう舞台があると、このスポーツに打ち込む10代や20代のロシアの若い選手たちも目指す目標ができます。そのように皆が目指す舞台を選手にもつくってあげたいですし、このスポーツを愛するファンの人たちも期待して待っているのではと思います。そんな魅力ある舞台をつくって、次の世代につなげて行きたいと思っています」。

スプートニク:ヒョードル・エメリヤーエンコさんのいない「PRIDE」、ならびに「RIZIN」は想像できますか?

榊原氏:想像できません。やはりヒョードル選手は、僕が「PRIDE」という舞台をつくった1997年から2007年までの約10年の「PRIDE」の歴史の中で、もちろん最も有名な選手といえます。そのキャリア、戦い方、スピリットもそうですし、最も「PRIDE」という舞台を象徴する選手でした。僕は環境をつくり出すことはできても、僕自身がその舞台で戦うことはできません。戦う選手がいてはじめて我々は機能するというか、働く場所ができるのです。そういう意味ではヒョードル選手と一緒にリスタートできるということが、今回の一番大きなキーファクターになると思います。ですから、彼がいなくて再スタートするということは、想像できないです。

スプートニク:榊原さんの提案がなければ、ヒョードルさんは復帰しなかったと思いますか?

榊原氏:戻らなかったんじゃないでしょうか。ヒョードル選手は僕と会った時にも現役復帰する気持ちはありませんでしたから。ただ何度も会って話すうちに、我々が今できることをやらなくてはいけないと。先ほども言いましたが、総合格闘技の未来のためにやらなくちゃいけない。ロシアにも今このスポーツを目指す若い選手がたくさんいますが、日本にもたくさんのそういった選手たちがいます。彼らが輝く舞台をもう一度つくり出すために、我々が力を合わせて動かなくてはいけないということをヒョードル選手は思い至り、今回最終的に復帰する決意を、覚悟を決めたのだと思います。

スプートニク:ヒョードルさんが「ラスト・エンペラー」と呼ばれるようになった試合についてお話していただけますか?

榊原氏:2003年3月にアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ選手と試合をした後から、ヒョードル選手は「ロシアン・ラスト・エンペラー」というニックネームで呼ばれることが定着したと思います。「PRIDE」ができ上がる前日本にあった「RINGS」や「パンクラス」などのいろんな格闘技の大会で、ロシアの選手たちは常に活躍していましたが、「PRIDE」が誕生した1997年以降からは、ロシアの選手たちはなかなか活躍できない状況になっていました。そんな中で、ロシアの強さをもう一度復活させるために、そしてロシアの最も強い人というようなイメージでヒョードル選手が「PRIDE」にデビューしました。ロシアの最後の砦というか、ロシアの強さをもう一度世界に知らしめるということがヒョードル選手の一つの大きなミッションになりました。それを決定付けたのが、当時ブラジル国内はもちろんのこと、世界で最も強いと言われていたブラジルのノゲイラを倒した試合だと思います。これがヒョードル選手がラスト・エンペラーとしての称号を手に入れるきっかけになったんだと思います。

スプートニク:「PRIDE」の歴史の中で、一番印象に残っているヒョードル選手の試合について教えてください。

榊原氏:「PRIDE」ではヒョードル選手の試合はいつも印象深く、とてもアグレッシブで、判定の試合になることがほとんどありませんでした。ヒョードル選手は常に前に出て強さを証明する戦いをする選手なので、彼の試合はとてもエキサイティングですし、皆に愛される試合ができるプロの選手だと思います。ですからどの試合も魅力的なんです。個人的に印象に残っているヒョードル選手の試合は2つあります。一つは「PRIDE GRANDPRIX 2004」で、柔道の世界選手権で何度もチャンピオンになり、オリンピックで銀メダルを取っている日本の小川直也選手とヒョードル選手が戦った試合、もう一つは、「PRIDE GRANDPRIX 2005」でミルコ・クロコップ選手と戦った試合です。

スプートニク:ロシア紙「R-スポルト」のインタビューで、榊原さんは、「ヒョードル・エメリヤーエンコはさらに強くなって総合格闘技に戻ってくる」と述べていましたが、その根拠について教えてください。

榊原氏:ヒョードル選手は一旦総合格闘技を引退して、最後の試合から3年と少し経っていると思いますが、この3年間で彼は戦うことに必要な2つの大きなものを新たにまた手に入れました。一つは戦うことに対するハングリーさというか、戦いたいという欲求が今すごく強くあるということ。この3年という期間に、ハングリーな気持ちがすごく大きくなっていることが一つ。そしてこの3年間で体が全てオーバーホールされたということ。彼がずっと戦い続けてきた十数年間のキャリアの中で、あらゆる関節や筋肉、体の中の痛んでいたところ、戦い続ける中でダメージが蓄積されていたものがきれいにリセットされています。そして彼はまだ39歳です。総合格闘技のファイターとしてはまだまだ十分戦える年齢にありますし、プロフェッショナルとして必要なものも引退する前よりも強く取り戻していると思います。引退していたこの3年間も彼は常に体を動かし続け、若い選手の指導も続けてきました。肉体的にも精神的にも彼は今ベストコンディションにあるのだと、強く感じます。

スプートニク:ロシアのメディアでは、ヒョードル選手の復帰第一戦の対戦相手について幅広く議論されています。対戦相手はもう決まっていますか?

榊原氏:候補選手はたくさんいます。ヒョードル選手は誰とでも戦いますと言っていますが、その中で僕とヒョードル選手が話をしているのは、未来につながるような選手を復帰の第一戦にしようということです。ヒョードル選手がこの格闘技の世界に復帰するとアナウンスしてから、国内外で本当にたくさんの選手が彼と戦いたい、チャレンジしたいという声をあげています。その中で誰がベストなのかということを、僕らの方でチョイスしています。そしてその試合が、未来につながっていくような試合になることをイメージして、最終的に誰にするのかを決めたいと思っています。

榊原氏は、ロシアの選手と一緒に総合格闘技を発展させてゆくことで、ロシアと日本の人々の交流がさらに深まることを願っている。また榊原氏は、大晦日の試合をプーチン大統領にも観戦してもらいたいとの希望を表し、次のように語っている-

「大晦日にこの試合を観るために、ロシアからもたくさんの人に日本へ来てほしいと思っています。ロシアでも放送しようと思っていますし、できればロシアのプーチン大統領にこのヒョードル選手の復帰戦を観に来てもらえたら素晴らしいなと思っています。このスポーツがロシアと日本の懸け橋になって、もっともっと仲良くなるような、お互いに力を合わせてフレンドシップをつくれるような、スポーツの力でそういうことができたらいいっていうのも、僕とヒョードル選手の共通の想いです。何かそういうことにスポーツの力で貢献したいと思っているので、プーチン大統領が大晦日に観に来てくれたら素晴らしいなという夢を持っています」。

プーチン大統領はサンボと柔道をたしなんでおり、空手の黒帯の保持者でもある。プーチン大統領は2012年夏にサンクトペテルブルグで開かれた総合格闘技「М1グローバル」の大会を訪れ、ヒョードル選手とブラジルのペドロ・ヒーゾ選手の試合を観戦した。なおヒョードル選手は最近のインタビューで、プーチン大統領は12月31日に日本で開かれるヒョードル選手の試合について知っており、成功を祈ると述べたという。

ご多忙の中、快く取材に応じてくださった榊原信行氏と、「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015」 実行委員会RT担当の木村陵子氏に、この場をお借りして心より御礼申し上げます。

インタビュアー及び記事作成:アンナ・オラーロヴァ

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