安倍70年談話を占う5つの論点

© AFP 2023 / TOSHIFUMI KITAMURA 安倍70年談話を占う5つの論点
安倍70年談話を占う5つの論点 - Sputnik 日本
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今年は「終戦70周年」。戦争から既に70年も経ったにもかかわらず、この問題は東アジアの国際政治のカードであり続け、各国の国内政治にも影を落とす。

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3月17日付日本語版Newsweek誌に掲載されたものの原稿です。安倍総理訪米も終わって、次は安保法制、そして「70年談話」がニュースをにぎわしていくことでしょう。

今年は「終戦70周年」。戦争から既に70年も経ったにもかかわらず、この問題は東アジアの国際政治のカードであり続け、各国の国内政治にも影を落とす。だから安倍総理は談話を出すつもりでいるし、そのための有識者懇談会も設置され、マスコミの議論も盛んになってきた。その議論を見ていて思う。あの戦争についてはいくつかのことが「捩じれて」いたり、日中韓米のいずれか、あるいは全てに無知があるがゆえに、議論があらぬ方向に暴走しがち、そしてそれは日本には必ずしも利益にならない、ということである。その捩じれや無知とは何か。

認識の捩じれと欠落

まず、日本は米国による壊滅的な本土攻撃を受けたが中国に対して大きな被害を与えたのは日本である、という基本的な事実を時々忘れる。米英との戦争は、帝国主義強国間の中国利権をめぐる争奪戦であった。それは、日露戦争講和交渉が始まると同時に、米国の鉄道事業家ハリマンが来日して南満州鉄道の利権を獲得しようとした時から始まっていたのである。それが戦争にまで至ったのは、日本が満州を実質的に植民地としたのはまだしも、そこから中国中心部に武力で南下する姿勢を示したからである。

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武力で植民地を獲得したのは当時の欧米もやっていたことなので、「日本は悪いことをしていない!」と叫ぶ日本人が絶えないわけだが、同じ口調で南京虐殺や慰安婦の件を否定すると、中国や韓国の人の心を深く傷つけることになる。1995年戦後50周年の際、村山総理はその談話で「植民地支配と侵略」という言葉を用い、これを安倍総理が踏襲するかどうかが問題になっているが、細かい言葉にこだわることなく、当時多くの中国人を殺し、韓国人の心を傷つけたことに対して真摯な哀悼の意、そして同様のことを繰り返さないという決意を表することは絶対必要だろう。

次に、無知と言うか忘れられていることだが、太平洋戦争での戦争犯罪、そして戦時賠償にかかわる問題は、1951年のサン・フランシスコ平和条約で終止符を打たれているということである。この条約に署名していない中国、韓国とは別途、それぞれ1978年の日中平和友好条約、1965年の日韓基本条約と日韓請求権並びに経済協力協定で、政府レベルで終止符を打っている。

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戦争犯罪については終戦直後、アジアの各地では即席裁判の末、千人余もの日本軍人、民間人が戦犯として死刑を執行されたし、1948年の極東国際軍事裁判判決で、7名が死刑を執行された。当時でもインドのパール判事は、自ら加わった極東国際軍事裁判に国際法上の疑義ありと指摘して全員の無罪を主張したし、今でもこの裁判の不当性を指摘する声は絶えない。しかしサン・フランシスコ平和条約第11条は「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾」と定めて、この問題に法的には終止符を打っているのである。

賠償については戦後、日本は中国に終戦当時の政府予算の10倍相当、朝鮮半島に4倍相当の資産を置き去りにしているので、これが現地政府に接収された分は賠償と見なされるべきである。それに加えて韓国に対しては1965年、外交関係を設定した際、当時の額で1080億円相当の物資等(10年間に分割)、そして720億円の借款を提供しているし、中国に対しては合計3兆円以上ものODAを供与して、中国経済の離陸を助けている。

だから今、日本が極東軍事裁判の有効性を争うのはサン・フランシスコ平和条約の再交渉を要求することになるし、中国、韓国が政府レベルで賠償・補償を求めたりすると、それは一連の条約の再交渉を要求したに等しいことになる。つまり、これらの行動は「戦後の秩序」を破り、終わることのない条約破棄の繰り返し、つまり無法状態にアジアを投げ込むことになるのである。

そしてもう一つの無知と言うか認識不足として、日本人が米国のことを十分理解していないことがある。今の世界、米国の力がいくら後退したと言っても、米国は多くの地域、多くの場面で裁判官、あるいは警察官として振る舞っている。そして日本は自主防衛だけでは、安全を確保できない。米国政府、議会、そしてマスコミの意見が、日本にとっても決定的な意味を持っていて、米国こそが世界の宣伝戦の主戦場なのである。このことを、中国や韓国を相手に口論する時も、常に意識しておかないといけない。日本人が国内で発言したことは、米国のマスコミにキャリーされて、米国でも反応を引き起こすからだ。

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中国やロシアも米国に楯を突きながらも、実は米国議会やマスコミへの働きかけを怠らない。韓国も中国も、まるで子供が兄の悪口を父親に言い立てて兄を懲らしめてもらおうとするかのように、日本の悪口を言って回る。中国系米国人は350万人強、韓国系は150万強と増えているので、米国の政治家にとっては無視できない。そして日系米国人は80万強しかおらず、政治的には静かにしていることもあって、韓国系、中国系に比べ米国政府のアジア担当要職につくことはほぼない。こうした状況では、日本が何を言っても、ワシントンやニューヨークでは日本に不利なストーリーにすり替えられてしまう。例えば安倍総理が「戦後のレジームを脱却したい」と言うと、「日本は戦後の秩序を壊そうとしている」に言い換える、とかである。「日本人はもっと胸を張って、言うべきことを言う」のは大切だが、米国での議会・マスコミ・学界への働きかけを怠らず、言い方をよほど考えてやらないと逆効果になりかねないのである。

もう一つ見逃してならないのは、慰安婦問題にしても尖閣問題にしても、理屈だけで決まる問題ではないということである。こうした問題は中国、韓国、日本のいずれにおいても政治問題化し、与野党の間の抗争の種となりやすい。こういう時は、いくら理屈で相手を説得しようとしても、相手は絶対説得されない。むしろ日本の反論を逆用して騒ぎを大きくしようとする。

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中国では現在、習近平が江沢民閥を追い詰めているので、江沢民は例の手で反日を叫び、そちらに習近平の力をそらそうとするかもしれない。習近平も、「お前は日本に弱腰だ」と言われると、何かしてみせざるを得なくなるのである。韓国でも、朴大統領は民意に非常に敏感なので、慰安婦問題への言及はやめないだろう。そして慰安婦問題を長年手がけてきた人たちは、手をゆるめることはないだろうし、たとえ慰安婦問題で日本が譲っても、他の問題を見つけて日本を叩いてくることだろう。

もう一つ、日中韓で理解が不足しているのは、ドイツの戦争責任、賠償問題の処理ぶりである。かつて1970年、ポーランドを訪問したブラント首相がユダヤ人ゲットー跡地の前でぬかずいたことがドイツの贖罪の象徴とされていて、それはそれで素晴らしいことなのだが、それ以外ドイツが何をやったかと言うと、実は言われているほどでもないのである。戦後東西に分割されたドイツは連合国と平和条約を結ぶことができず、再統合後の今も締結への動きは見せていない。旧東側諸国の大半との賠償問題は、法的には未解決なのである。今でもチェコやギリシャは折に触れて、ドイツに賠償問題を提起している。だから中国や韓国に「ドイツはあんなに立派なのに」と言われても、引け目に感ずることはないのである。

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日本はどうする?

ではこの戦後70周年に、日本はどうしたらいいのか? 中国が九月三日を「抗日戦争勝利記念日」に定め、プーチン大統領や金恩雲主席等を呼んで大軍事パレードまでやろうという時に、日本はただ黙って嵐が過ぎるのを待つのみなのか? いや、そんなことはない。中国などが後ろ向き、ネガティブなメッセージを世界に発するのだったら、こちらは未来志向、ポジティブなメッセージを時期と機会を狙って効果的に発信すればいいのだ。

今世界で頻発している紛争の多くは、失業や格差などの経済停滞を背景としている。だから日本は、「日本はODAや直接投資で途上国の経済発展を支援してきた。その努力を倍加する。それは世界の安定と繁栄に役立つだろう。そして先回の戦争で冒されたような非人道的行為を、日本の側から行うことはもう決してしないことを誓う」というメッセージを発したらどうだろう。

米国とは恩讐を超えて、自由でオープンな社会、そして戦後作りだされたグローバルな自由市場を今後とも協力して充実させていくこと、アジア地域の安定維持に向けて協力していくことを確認すれば、日本の立場は大いに強化されることだろう。

河東哲夫(かわとうあきお)氏、元駐ウズベキスタン日本大使。

現在、早稲田大学客員教授を務め、ブログ《Japan World Trends》を執筆。

引用文献:河東氏のブログ《Japan World Trends》の2015年6月11日付けの記事から全文を引用。

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