パリ連続テロで使われたのはバルカン半島のカラシニコフだった

© 写真 : Press service of the concern Kalashnikov / Boris Kirisenkoパリ連続テロで使われたのはバルカン半島のカラシニコフだった
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セルビアの武器製造企業「ザスターヴァ・オルージエ」社のミロイコ・ブルザコヴィチ役員は、11月のパリ連続テロでイスラム急進主義者らが用いた武器の一部が自社で製造されたものであったことを認めた。ただし、これらの武器はユーゴスラビア崩壊までの時期に製造されたものだった。

ブルザコヴィチ氏はこれまで、パリ連続テロ事件の2日後、セルビア内務省から自分に宛てにフランスでテロリスト襲撃の後発見された武器の製造番号が送られてきたことを明らかにしていた。それらの武器はユーゴスラビア製のカラシニコフ銃(ソ連の武器AK47)7丁ないし8丁だった。ブルザコヴィチ氏の話ではユーゴスラビア崩壊後、紛争の全当事者が残りの武器を売却しうる状況にあった。

セルビア保安情報局のアンドレイ・サヴィチ元長官は、ラジオ「スプートニク」セルビアからのインタビューに対し、パリのテロで使われた武器が今年1月のシャルリ・エブド編集部襲撃事件の時と同様、バルカン半島から流入したものであったことは驚くには値しないと語っている。

「『ザスターヴァ・オルージエ』はセルビアの町、クラグエヴァツにあった。この工場はバルカン半島で最も権威の高く、ユーゴスラビア人民軍向けの自動銃の主要メーカーだった。今日ではセルビア軍の主要なサプライヤーとなっている。

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スラヴェニア、クロアチア、ボスニアの武器倉庫は十分な数の武器があった。90年代、旧ユーゴスラビアで展開された流血の内戦を思い起こせば、抗した武器が犯罪を組織し、それに加担する者たち、またはテロリストらの手に渡ったであろうことは容易に想像できる。

コソボの兵器文化は非常に発達している。コソボではいかなるモデルの武器も目にすることができる。ところが誰の手にどれだけあるかを示す正確な証拠はない。

ボスニア、ヘルツェゴビナ領について言えば、あそこにはジハード主義者がいる。これらのジハード主義者は90年代、この領域で軍事衝突に参加している。彼らは戦功を讃えられ、あるいは地元民と婚姻しボスニアに残った。」

これと同様の見解をセルビアの首都ベルグラードにある組織「国際テロリズム研究フォーラム」の専門家、ミラン・パシャンスキー氏も語っている。

「ボスニアにはワッハーブ主義者を養成するセンターが複数あり、そこに大量の武器があるのは間違いない。こうしたワッハーブ主義のあるセンターから武器が流れ出て、それが思想を同じくする者たちに贈られたり、売却され、その見返りに彼らは金を受け取ったり、テロ行動を起こすためのロジスティックス上の支援を行っていると考えるほうが理にかなっている。」

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