ロシアのツァーリと共に巡礼へ

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ロシアのツァーリと共に巡礼へ - Sputnik 日本
ロシアで貴重な写真を集めたフォトアルバム『クレムリンからラウラ(大修道院)まで』が人気を呼んでいる。このアルバムに収められている写真絵葉書やテキストは19世紀末から20世紀初頭までに発行されたもの。すべて、ロシアの皇帝らが聖セルゲイ・ラドネシュスキーの有難い遺骸に参拝するためにたどった70キロを超える巡礼の道を説明したものだ。

14世紀を生きた聖人セルゲイ・ラドネシュスキーはおそらくロシアで一番有名な修道院といえるトロイツカヤ・セルギエヴァヤ(三位一体セルゲイ)大修道院を建立した人物だが、このラドネシュスキーはロシア史の中で非常に特別な位置を占めている。奇跡をもおこした宗教界の絶対的権威だったラドネシュスキーはタタール・モンゴルの頚木の時代、これに対抗するために互いに争いあっていたロシアの公たちを唯一、一つに束ねることのできた人だった。そのラドネシュスキーに詣でるためにロシアのツァーリ、皇帝たちはクレムリンから歩いて大修道院へ巡礼の旅に出たものだった。19世紀、この巡礼の道筋に別荘群が建てられる。その建築物は写真に撮られ、ガイドブックに載せられるほどの見事なものだった。コレクターで建築家のゲンナージィ・マレンチエフ氏とムティシ歴史芸術博物館のマリヤ・クルィチニコヴァ館長はそれらを一つの本にまとめた。本は「リングヴァF」出版(代表、エレーナ・フェセンコ)から出され、すでに複数の賞を受賞している。

写真

先日、モスクワの「サドーヴォエ環状道路」博物館では歴史好きな市民を集め、この本のプレゼンテーションが行われた。この中で本が書かれたいきさつについて、マリヤ・クルィチニコヴァ館長は次のように語っている。

「どんな国にも非常に重要な概念、物、地図上の地点があります。この本は道について書かれています。その道はロシアに暮らすそれぞれの人にとって大事なものです。なぜならそれは私たちの国の成り立ちの歴史、そしてトロイツカヤ・セルギエヴァ・ラウラ(大修道院)、クレムリンといったその精神的に重要なサンクチュアリと、そしてもちろんロシアの精神性の中心であり、支柱であるセルゲイ・ラドネシュスキーと結びついているからです。本は、19世紀の読み手にはなかった可能性を今の読者に与えています。当時はイラスト抜きのガイドブックと絵葉書が別々に存在していただけでした。ですが、この本の中ではそれが一緒になっているのです。」

クルィチニコヴァ館長は、本に収められたテキストは18世紀半ばの歴史家のニコライ・カラムジンと著名なジャーナリストらによるものと断った上で、書かれた年代がそれぞれに異なるために、ロシアという国が、そして言語がどういう変化をたどったかが伺えると語っている。

ゲンナージィ・マレンチエフ氏は、掲載された絵葉書の特徴はそれが長年にわたって集められたものであることを物語っているとして、次のように語っている。

「絵葉書は19世紀末から1915年までを網羅しています。当時、ロシアのツァーリたちはズボンのすそをブーツに突っ込んで、昔の服装を着こんで歩いて巡礼にでたものでした。

大修道院までの道筋では、画家で修復も手がけたグラヴァーリを長とする考古学委員会が史跡でもある教会建築を写真に保存する作業を行っていました。これにはロシアのおけるカラー撮影のさきがけを開いた写真家のプロスクディン=ゴールスキーも加わっていました。作業が行われたのはほんの短い期間だったが、この時期に広い層のなかに絵葉書に対する関心が湧き起こったのです。

写真はかなり入念に撮影されました。たとえばムティシだけをとっても、ここは20世紀初頭には大村でしたが、40枚近くの絵葉書が作成されています。村を写した写真の数としてはこれはかなりのものです。建物、風景、それに小川のほとりの道まで写されました。1910年はモスクワに最も近い別荘地であったロシーヌィ・オーストロフ(ヘラジカの島)のカラー絵葉書が15枚近くも作られています。これが大修道院のあるセルギエフ・ポサードとなれば、絵葉書の数は400枚近くに達しました。

私は、ひとつこうした絵葉書を集めようではないかと思い立ち、それからマリヤ・クルィチニコヴァ氏といっしょに古文書を漁りました。そうしてこの本が生まれたのです。

タイトルを考えるのは本当に大変でした。というのもトロイツァ大修道院への道、つまりヤロスラフ街道については200冊を越える本がすでに著されており、各々がこれがトロイツァへの道であることをタイトルに表そうとしているからです。そんなわけで我々が考え付いた題名『クレムリンからラウラ(大修道院)まで』は多少高揚感に溢れたものではありますが、それでも実際を言い当てているのです。」

本は見事な作りで、ロシアで最も興味深いその場所が目覚しく発展していた当時の雰囲気に読み手をぐいぐいと引き込んでいく。過去の話ではあるがロシアは自分の歴史を忘れてはいなかった。

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