北朝鮮を待つのはどのような運命か:東ドイツ、または北ベトナム?

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北朝鮮労働党の第七大会、自称「勝利者の大会」は、北朝鮮の将来にどう影響するのか。そこでの声明や決定を分析するだけで答えが出るものではない。平壌から帰ってきたばかりのスプートニク特派員アンドレイ・イワノフは別の道を行くことを勧める。

第七大会を総括して一部の専門家は、単にこれまでの路線を確認しただけの出来事に過ぎなかった、と決めつけている。おそらく、そうなのだろう。しかし、疑問が生じる。その路線とは何か?それを理解するためには、ある種のかなり対立的な、一見全く同居不能と見える現在の北朝鮮の現実を結び合わせればよい。

北朝鮮:高層マンションと地下鉄で米国の帝国主義と制裁を打開する - Sputnik 日本
北朝鮮:高層マンションと地下鉄で米国の帝国主義と制裁を打開する
奇妙な声明から始めよう。北朝鮮は徐々にますます韓国に似始めている。このプロセスの最初の兆候は、平壌の空港に降り立とうとする先入観に汚されない公平な瞳による驚きをこめたまなざしにはすぐに開けてくる。飛行機の翼の下にはかなりよく手入れのされた農場があり、そこここに明るい花のコテージが散在している。 16年前、当時のイーゴリ・イワノフ露外相のチームの一員として初めて私が北朝鮮を訪れた際、農場は手入れが行き届いておらず、コテージのかわりに、未知の素材によるグレーの構造物があり、その居住好適性を疑わせた。空港からの移動において、この間に建ったガラスと金属の現代的な建物による免税店を見ると、空から見えた北朝鮮の農村労働者の住居が蜃気楼でも一夜城でもないということが明らかに察せられる。平壌に向かう途中ではかなり現代的な自動車にもしばしば遭遇するし、住みよさそうな、美しいとさえいえる村々の街路ではつつましやかだがなかなか瀟洒に着飾った人が徒歩または自転車で、移動していた。

© Sputnik / Andrei Ivanov今日の平壌
今日の平壌 - Sputnik 日本
今日の平壌

平壌も変わった。40〜50階建ての高層住宅が建っていた。以前は、首都の通りはトロリーバスやバスに並ぶ非常に長い行列が出来ていた。トロリーバスやバスそのものがほとんどなかったのだ。今は列もなくなり、おびただしい自動車の中では外見上十分良質そうな国産車が優勢だ。また北朝鮮、中国、日本製のタクシーや軽自動車が大量にあるのも驚かせる。それも、役人、党幹部、タクシー運転手、諜報員だけでなく、一般の北朝鮮市民が乗り回しているのだ。そして、ドライバーの懸案事項も南の同胞とかわらない。おびただしい交通警察カメラの全てを見るような監視の目の下で、いかに交通ルールを違反しないかということだ。

ピョンヤン発、特派員レポート、「大会は続く、北朝鮮市民の日常も流れる」 - Sputnik 日本
ピョンヤン発、特派員レポート、「大会は続く、北朝鮮市民の日常も流れる」(写真)
重要なことは、平壌の通りを歩く人々が、もはや外国人を敬遠しないということだ。好奇心旺盛なジャーナリストからの質問に、多くの人が進んで応じている。彼らは尊敬すべき金正恩氏の賢明さを褒めたたえ、彼らの堅実な労働と母なる党への気遣いのおかげでいかに良い生活が送れているかを物語った。高層階の窓は明かりがついている。つまり、周りの、より低く、簡単な家と同じに、人が住んでいるのだ。店や屋台の窓も光っている。明かりがついているので、中で売っている品揃えが見える。それは70年代のソ連の商店の品ぞろえに匹敵する。つまり平壌市民は明らかに物不足にあえいでいないのだ。私たちにガイドが教えてくれたのは、この数年農業が急激に成長し、様々な農産品が作られているのだ。

© Sputnik / Andrei Ivanov北朝鮮の美人
北朝鮮の美人 - Sputnik 日本
北朝鮮の美人

工業も進んでいる。2つの工場を平壌で訪問した。電気ケーブルや絹糸の生産工場だ。多数のポスターやスローガンで飾られた工場の清潔さ、専門家だけが備えられるような品質の設備だけでなく、工場の人員のレジャーやサービス施設によっても驚嘆させるものだった。これに関しては確実に高みにある。スポーツ施設、コンピュータルーム、サウナ、プール、レストラン、工員の子供のための素晴らしい幼稚園。これらすべてが、その上等さに関し、また、それどころか、豪華さに関して、ソ連時代の最高の工場における同様の施設に劣らないばかりか、多くの点で凌駕するものだった。

© Sputnik / Andrei Ivanov平壌の幼稚園
平壌の幼稚園 - Sputnik 日本
平壌の幼稚園

Лидер КНДР Ким Чен Ын во время съезда правящей партии в Пхеньяне - Sputnik 日本
北朝鮮 チュチェ思想を身にまとった改革
コンピュータの前に座ったり、サウナでリラックスしていた労働者やエンジニアと話すことが許されていた。彼らは進んで話したが、ほぼ党大会の報告文体と同様の言語で話した。つまり、スローガンで話した。彼らも労働党第七大会の声明に満ちあふれていた。もしかするとこれこそが一部専門家が、大会後も何らの変化も北朝鮮の社会・政治・経済生活には期待されないと結論する理由かもしれない。しかし、大会で金正恩氏が何らかの急進改革の開始を発表すると期待することは、もちろん、素朴過ぎる。「改革」という単語は北朝鮮では使われない。改善する必要があるものを改革するのであり、北朝鮮の発展の路線はその創設者金日成の頃から当然正しいのである。それはチュチェ、つまり自立の思想に基づいている。だから他の経験、例えば中国やベトナムの改革の経験を模倣するなどという話はあり得ない。北朝鮮は、独自の道を行き続けなければならない。

しかし、ここには、ある種の二枚舌がある。チュチェにもかかわらず、北朝鮮はソ連と中国から援助を受けていた。ある専門家によると、ソ連の援助が80%を占めていた。よく知られている理由によりこの援助が大幅に縮小したとき、北朝鮮は経済的困難に直面した。これは、1990年代後半2000年代初頭に北朝鮮指導部が企業部門、事実上の民間部門を住民に許可することにつながった。それが早くも一部の問題たとえば住民に商品をとどけるというそれを解決させるのに役立った。しかし、金正恩氏が大会の報告で述べたように、なすべき課題は多い。請負仕事や企業形態の経済の振興などによって経済的後進性を克服することが必要だ。一連のロシア人専門家によると、北朝鮮は入念に中国、ベトナム、ロシアの改革の経験を調査している。

一方、金正恩氏は、公然と改革の必要性を認めることはできそうにない。そして、問題は古株の将軍親衛隊や党保守派の抵抗ということではない。金正恩氏は十分に反動の抵抗を克服できるだけ、北朝鮮のエリート層で十分な支持を受け、地位を強化できているようだ。問題は大衆の行動にもある。何十年もの間、彼らは金日成、金正日の理念、チュチェ思想への忠誠を教育されてきた。激変を恐れずすぐさまこの路線を脱することは不可能だ。中国もそれはしなかった。市場経済を構築し始めながらも、共産党の主導的な役割の不可侵性の保証として、毛沢東と彼の教えはシンボルおよび旗として残した。北朝鮮では当面、イデオロギーのコアとして金日成と金正日、チュチェ思想が残る。そして、もちろん、先軍思想、つまり安全保障と自立の主たる保証人としての軍事優先主義が。それは、米国も韓国もいかなる理性的な対話をも行おうとしない今、北朝鮮にとりとりわけ重要だ。米国の制裁厳格化は米国と韓国が北朝鮮の経済圧殺政策を放棄しない姿勢を示している。どうやら、彼らは平壌政権を弱体化し、ドイツのシナリオにそってソウル主導で朝鮮を統一できると期待している。南による吸収という運命を回避するために、北朝鮮は経済・軍事力を成長させるしかない。そして、それは、ベトナムであれ中国であれ、いずれかのモデルに沿って本当の改革を行うことなしには不可能だ。

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