閑話休題:REINAとの会話の問題点

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閑話休題:REINAとの会話の問題点 - Sputnik 日本
12月10日午後5時から、「アベマTV」なるインターネットTVの番組「ABEMA PRIME」14日放送分の録画収録を「スカイプ」なるものを使って行った。現在、高知にいるから仕方ないのだが、大変であった。大いに疲れた。

11年前のプーチン訪日時、筆者はTBSの「サンデーモーニング」の取材を受けた経験がある。そのときは、スタッフ2人が高知新阪急ホテルのスウィートルームに宿泊し、その一室で収録したのであった。そのときの経験と比べると、ずいぶんと世知辛い世の中になってしまったようだ。

「スカイプ」の調子が悪く、収録が終わったのはなんと午後7時半すぎであった。正味の収録時間は10分程度であり、実際に使われるのは1分程度か。あまり期待していない。TBSのときには、30分収録して実際に使われたのは1分程度であった。

高学歴芸能人REINAの正体
聞き手はREINA(佐伯玲奈)という高学歴を売りにしている芸能人だった。といっても、筆者はまったく知らなかったのだが、インターネットで検索して、ここに紹介しておく。FBIなどの就職を蹴ってロイター通信に在籍していたという人物だそうだ。

このインタビューで好感をもったのは、なんの打ち合わせもなかったことだ。ともすれば、質問と回答をしっかりと相互に確認したうえで、インタビューを行うことが多いのだが、今回はそんなことはまったくなかった。それはそれで、悪いことではない。あくまで収録であり、あとで「つまみ食い」すれば済むと思っているからなのかもしれない。

だからこそ、彼女との会話を通じて感じた問題点をここで取り上げてみたい。実際の放送では取り上げられないであろうことを含めて、このブログの読者に伝えておきたいことがあるためである。

REINAとの会話
まず、彼女は、「ロシアのKGBがロシア国内では人気があると聞くが、本当か」といった質問をしてきた。この部分は、放送されないだろうから書いておいたい。

まず、欧米のメディアはKGBのことを理解していない。スパイ映画などの影響で、諜報機関としてのKGBが突出して有名だが、その実態についてしっかりと理解している人があまりにも少ない。芸能人であるREINAがKGBのことを理解している必要はないが、KGBという言葉が曖昧に使われていることくらいは承知して、その理解を深めるように筆者に質問をすることが望ましい。率直に言えば、彼女はまだまだ素人とあり、ジャーナリストとは言えない。「もっともっと勉強しなければいけない」と、彼女にアドバイスしたいところだ。

筆者なら、「KGBという諜報機関は有名ですが、これはいったいどんな組織なのですか」くらいの質問を最初にするだろう。「アベマTV」としては、芸能人を使って視聴率を上げたいのだろうが、こうした中途半端な「バカ」が相手だと、答えるほうが疲れてしまうし、視聴者も結局、話題している問題の本質に迫れない。

KGBは問題の核心ではない
KGBについては、このブログで紹介している、今後掲載予定の『ロシア革命一〇〇年の教訓』(13)において出てくる箇所があるのだが、それは「ソヴィエトや企業内への「チェーカー」の浸透 (割愛)」としてカットするつもりなので、ここで特別に紹介したい。

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こうした企業レベルでの大きな変化に対して、VChKは手をこまねいていたわけではない。同機関のなかには、スパイ闘争・軍管理のための特別部のほか、鉄道・水輸送およびその活動監視への敵対要素との闘争のための輸送部、経済における経済スパイ、妨害行為、破壊行為との闘争のための経済管理部、外国での諜報実施のための外国部、反ソヴィエト的党・グループ・組織との闘争のための、同じく、知識人や芸術家の監視のための秘密部があった(Кокурин, Петров, 2003, pp. 9-10)。さらに、「その後、国家安全保障のソヴィエト機関の活動ないし関心のこれらの方向性は変わることなく残され(名称が変更されただけ)、定期的な改革に際してもなんらかのかたち(部、管理部ないし総局)でつねに自らの形態のままであった」という(同, p. 10)。つまり、VChKはその後、国家政治総局(GPU, 1922年)、統一国家政治総局(OGPU, 1923年)、内務人民委員部(NKVD, 1934年)、国家保安人民委員部(NKGB, 1941年)、国家保安省(MGB, 1943年)、国家保安委員会(KGB, 1954年)のように変化するが、「経済における経済スパイ、妨害行為、破壊行為との闘争のための経済管理部」のような下部組織をもち、企業内での工作を継続してきたのである。
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この説明からわかるように、KGBはスターリン死去後に組織された機関であり、ロシア人にとってあまりとりたてて意味のある機関ではない。むしろ、ヴェーチェーカー(VChK)のほうがずっと本質的であり、重要だ。このVChKないし「チェーカー」(ChK)は第二次世界大戦中、ドイツ軍を出し抜き、祖国ソ連を守るのに一定の役割を果たしたのは事実であり、だからこそ、いまでも一部の国民の郷愁を誘う存在となっている。もちろん、スターリンによる粛清を担った機関でもあったから、厳しい批判も存在する。

FSBによる拉致とその後
REINAは筆者の拉致についてどうでもいいような質問をしてきた。まあ、この部分が放送される可能性が高いので、知りたい方は番組をご覧いただきたい。拙著『プーチン露大統領とその仲間たち』に詳しく書いてあるので、そちらを読んだほうがずっと正確だし、考えさせられるだろう。

REINAはさらに、「FSBに拉致されてから、先生にはFSBからなんの接触もないのですか」という、なかなか的確な質問をした。この部分は紹介されるかもしれないし、されないかもしれないが、この質問に関連して書き留めておきたいことがある。

このブログの第一回目に書いたように、「スプートニク日本」から、筆者のブログを始めたいという協力要請を受けたとき、筆者はFSBとの関係を疑った。だが、どうやらFSBによる拉致事件について「スプートニク日本」の幹部は知らなかったようなので、やや拍子抜けした。「ロシアの実情について、なにを書いてもいいという依頼を信じれば、どこまで率直な意見がこのブログに掲載してもらえるかを試してみることは決して無駄ではないと思うようになった」と記したように、このブログはいまでも、ロシア政府の息のかかった機関との「心理戦」を展開している。

その昔、『今日のソ連邦』といった雑誌で、ソ連政府はソ連の「いいところ」を誇大宣伝することで情報操作ができると安直に考えていた。その結果、『今日のソ連邦』を相手にするような読者はまったくの少数となってしまった。

いまの「スプートニク日本」の幹部はなかなか太っ腹で、筆者になにを書かれてもいいから、このブログを一つの契機にして「スプートニク日本」による日本での情報発信をより多くの日本人に知ってもらい、その結果としてロシアの現状を理解してもらおうとしているようにみえる。

筆者は別にこのブログの掲載によって「スプートニク日本」」から1円たりとももらったことはないから、「スプートニク日本」と筆者との関係は一種の緊張関係がいまでも継続している。だからこそ、筆者の思いのたけを率直にのべている。まあ、なぜ筆者にブログ開設を依頼してきたのかは知らないが、ロシアの良い面も悪い面も書ける人物として筆者を選んでくれたことには感謝している。

国際対立をどう伝えるか
「今日のニュースとして、CIAがクリントン大統領候補のメール問題でロシア側がハッキングを行っていたと正式に発表しましたが、この問題についてどう思うか」といった質問をREINAはしてきた。

このときに痛感したことがある。それは、国際対立には双方の言い分があり、一方だけの言い分に偏ってはならないということだ。彼女はそんな基本をまったく知らないらしい。

ゆえに、筆者は、「スノーデンは米国の諜報機関が不法に盗聴を行っていることを暴露したでしょう。どこの国でも、諜報もすれば防諜もしている。どっちもどっちであり、米国政府に言われたくないということでしょう」といった趣旨のことを話した。

ここでの指摘はウクライナ危機のときに痛切に実感したことだ。欧米メディアはさかんにロシアのクリミア併合を非難したが、そのきっかけをつくった米国政府によるウクライナ西部に住む、職につけずにぶらぶらしている若者などに対するナショナリズムを利用した煽動と武力訓練についてはまったく報道しなかった。それどころか、ニューヨーク・タイムズ(NYT)はウクライナの紛争にロシアの軍人が直接、かかわっていることを批判する記事を何度も書いた(詳しくは拙著『ウクライナ・ゲート』や『ウクライナ2.0』を参照)。だが、前回の「閑話休題」で指摘したように、欧米もロシアも民間軍事会社(PMC)を使って、事実上の軍人を紛争に投入していたにもかかわらず、NYTはその事実にまったく口をつぐんできたのである。

これでは、その昔、北朝鮮を素晴らしい国と喧伝した、どこかの国の新聞と同じではないか。私淑する作家、井沢元彦はこの1、2カ月、『週刊ポスト』に連載中の「逆説の日本史」で、日本のマスメディア、とくに朝日新聞を厳しく断罪している。マスメディアの堕落がなにも知らずに暮らしている多くの人々の判断を歪めてきたという事実を反省すべきであろう。

『情報伝達に潜む罠』
REINAなる人物と話してつくづくと感じるのは、情報伝達の難しさだ。思えば、日本人だれもが情報伝達に潜む罠や難しさ、その問題点について教育を受けてこなかったのではないか。米国籍だというREINAも同じだろう。その結果、情報発信者も情報受信者も情報伝達の過程で「ゆらぎ」を経験している。だが、どちらもその「ゆらぎ」に気づいていない。その結果、「歴史的な過ち」をまた繰り返しかねない状況が迫っているように思えてならない。

筆者が『ロシア革命100年の教訓』(仮題)をこのブログで紹介しているのも、この「歴史的な過ち」に気づく必要性を訴えたいためなのだ。『ロシア革命一〇〇年の教訓』(8)において、筆者は「E・H・カーのような歴史観は否定しなければならない。だが現実には、彼の歴史観はいまでも国家教育に利用されている。国家も勝利者であるからだ」と書いておいた。こんな基本すら教えないというのがまさに国家による義務教育の恐ろしさなのである。

というわけで、REINAと話してみて、『情報伝達に潜む罠』といった本を新書として書きたい気分になっている。

たとえば、このブログでREINAなる芸能人を餌にして、筆者はブログを書いている。REINAには気の毒だが、芸能人なる「有名人」につきもののしがらみといったところか。REINAにまつわることを書くことで、日ごろ、時事問題に疎遠なネットサーファーがこのブログにアクセスすることもあるだろう。そうでもしなければ、より多くの方々に筆者が大切だと勝手に考えていることを伝えることができない。そこに、まさに『情報伝達に潜む罠』があるということになる。

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