上野教授によると、「1956年の『日ソ共同宣言』から現代までの歴史を振り返ってみると、最も日露関係が良好だったのは、2013年4月から2014年2月のソチ五輪にかけて」だった。2013年4月には安倍首相がロシアを訪問し、プーチン大統領とともに「日露パートナーシップの発展に関する共同声明」を発表。同年の11月には日露2プラス2(日露外務・防衛閣僚協議)が東京で開かれている。また安倍首相は、G7の首脳として唯一、ソチ五輪の開会式に参加した。しかし、ウクライナ政変が勃発。ソチ五輪の直後にクリミアを併合したロシアは日本を含む西側諸国の経済制裁の対象となり、日露関係は極めて難しい状況に陥った。
上野教授は、「日露関係がこれまで順調に発展してきたのであれば、平和条約交渉での更なる進展も考えられますが、私の意見ではそれは今回の目的ではありませんでした。今回はまず失われた緊密さを取り戻すことが大事だったと思います。良好な関係を取り戻すという意味では成功でした」と話す。日露首脳会談の前には常に、日本メディアを中心に、領土問題で前進があるのではないかという期待がされるが、今回の会談でそれを期待するのは時期尚早だったということだ。自民党の二階俊博幹事長は、領土の帰属をめぐる問題で進展がなかったことに対して「国民の大半ががっかりしている」と発言したが、これも上がりすぎた期待値の弊害だろう。
首脳会談の中で注目を集めたのは、択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島における日露の共同経済活動の可能性についてである。安倍首相は記者会見で「共同経済活動を行うための特別な制度について、交渉を開始することで合意した」と述べた。安倍首相が言うところの特別な制度とは、どういうものなのか。プレス文書には、「平和条約問題に関する日本およびロシアの立場を害するものではない」とあるが、果たしてそのような枠組みを作ることは可能なのか。
上野教授は、共同経済活動と平和条約交渉の関連性について次のように述べている。
上野教授「今回、共同経済活動の協議開始で合意したことは一歩前進だと言えるかもしれませんが、特別な枠組みを作るのは大変難しい作業で、これから様々な問題が出てくると予想されます。例えば合弁で工場を建てたとして、得た利益に対する税金はどうするのか等、細かい調整事項が多数出てくると思います。これから相当、日本側が譲歩しなければならない部分が出てくるのではないでしょうか。
両首脳の話で一致している部分は、まず北方領土で共同経済活動を行い、その先の話として平和条約を締結するということです。共同経済活動自体、日本側からすると相当ハードルが高いテーマです。しかし共同経済活動の先に平和条約締結交渉というテーマを置いてしまった以上、安倍首相としては、とにかくこれを何らかの形でやらなければなりません。安倍首相は『私たちの世代で解決したい』と発言しましたが、平和条約締結までたどり着くことは、そう簡単ではないと改めて感じました。」
とはいえ、安倍首相の強力なイニシアチブと政治決断で、共同経済活動を開始するための問題をスピーディーに処理する可能性もなくはない。上野教授は、その鍵になるのは「経済産業省や外務省といった実務当局がどの程度問題をクリアしていけるか」だと見ている。今後どのように共同経済活動の議論が進んでいくのか、本当に実現できるのか、注視していかなければならない。
ロシア本土での日露経済協力に関しては、安倍首相がかつて提案した8項目から発展し、今回の首脳会談に合わせて政府および企業間で80の合意文書が締結された。上野教授はこれらを肯定的に評価し、「経済協力の実施は信頼関係の醸成につながります。相互信頼があって初めて平和条約締結交渉が可能になるので、目指している方向は間違っていません」と話している。