夜中12時過ぎのモスクワでは幽霊に出会うリスクがある 大通りで、地下鉄で、そしてクレムリンでも・・・

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夜中12時過ぎのモスクワでは幽霊に出会うリスクがある。 大通りで、地下鉄で、そしてクレムリンでも・・・ - Sputnik 日本
世界各国の歴史ある大都市と同様に、モスクワにも数多くの幽霊伝説がある。スプートニクがモスクワの幽霊と彼らの居場所についてお話ししよう。

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首なし貴族

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数ある伝説のひとつによると、1158年夏、ユーリー・ドルゴルーキー公はキエフからウラジーミルに向かっていた。道中、沼地を通らなければならなかった。すると公は突然、3つの頭を持ち、色とりどりの毛の生えた妖怪を見た。その奇怪な妖怪は沼野の真ん中に数分間現れたかと思うと、空気に溶け込むように消え去った。ユーリー・ドルゴルーキー公は戸惑って賢者にアドバイスを求めた。賢者は公に、妖怪は良い兆候であり、妖怪の出た場所には偉大な都市ができる、妖怪の毛皮が色とりどりだったのは、この都市にさまざまな民族や宗教の人々が集まることを意味しているのだと言った。しかし、ある恐ろしい事件がこの伝説に影を落としている・・・

沼の近くにステパン・クチコという貴族が住んでおり、公はその家で長旅の休憩をしようと考えた。ところが、ふてぶてしい貴族は公を泊めることを拒否したため(または公を怒らせた。この部分に関しては多くの説がある)、捕らえられ、処刑された。それ以来、夜ごと、首のない貴族の幽霊がモスクワ市民を怖がらせている。しかし、この幽霊が出るのは一カ所だけ。ある古い通り、貴族の斬首された首が落下した、スレテンカ通りだけである。

建築家の幽霊

1474年、モスクワのクレムリンで大惨事が起こった。竣工間近の新しい生神女就寝大聖堂が崩壊したのである。そこで、当時の君主イワン3世は、建設の失敗を正すことのできる誰かを緊急に必要とした。才能あるイタリア人建築家のアリストティル・フィオラヴァンティがそれに同意し、建設を成功させた。しかし、仕事が終わっても、イワン3世はイタリア人建築家が国に帰ることを許さなかった。そこで、フィオラヴァンティは脱走することにしたのだが、捕まってしまい、クレムリンの塔の牢屋に入れられ、そこで命を落とした。伝説によると、今でもフィオラヴァンティの幽霊がクレムリンをさまよっているという・・・

強盗

扇動ポスターに見るソ連史 - Sputnik 日本
扇動ポスターに見るソ連史
モスクワのゴーリキー大通りでは、ドライバーたちが時として、まるで止まってくれと頼むかのように路肩から手を振る髭面のうす汚い男を見かける。彼がよく現れるのは夕暮れ時か曇りや雨の日である。しかも、彼は常におかしな、束縛されているかのような歩き方をしている。まるで重い鎖を足につながれ、それを引きずっているかのような歩き方だ。車を止めた人に対して、男性はいつも同じ不思議なフレーズを言う。「いい人よ、許しておくれ!」

伝説によると、この「男性」は行き場を失った18世紀の強盗の幽霊なのだという。この強盗は膨大な数の人々を殺め、シベリアでの重労働刑に処された。そして、ウラジーミル街道(ゴーリキー大通りはかつてこのように呼ばれていた)を同じような犯罪者と一緒に連行されていたときに頓死してしまった。強盗は死ぬ前に懺悔をする時間も与えられず、その遺体も然るべく埋葬されることがなかった。一行は遺体をそのまま道端に捨てて行ったのである。それ以来、血塗られた殺人鬼の幽霊はさまよい続けている。

ケチな老人

次の伝説は「ケチな老人」と名付けられた19世紀の幽霊に関するものである。

「 ロシア国立バレエ・モスクワ」 - Sputnik 日本
モスクワの地下鉄で日本人が踊ると…
1843年から1870年の間、モスクワの中心地、ミャスニツカヤ通り17番地に子どものいない夫婦が住んでいた。この夫婦は奇怪な行動と孤立した生活で有名だった。伝説によると、夫婦は同じ住宅の一室にフリーメーソンの隠れ家を見つけた。それ以来、夫婦はお金を失うことを極度に恐れるようになり、子どもや使用人は決して持たず、家を離れることもほとんどなかった。しかし、あるとき、どうしても家を空けなければならなくなったため、夫婦は全財産を暖炉に隠し、さらに見張り人を雇った。しかし帰宅してみると、全財産は焼けてなくなっていた。凍えた見張り人が、何が隠されているかも知らずに、暖炉に火を入れたからである。悲しみのあまり、年老いた妻はすぐに死んでしまい、夫は気が狂い、暫くしてから亡くなった。

モスクワ市民によると、今では夜遅い時間や夜中にミャスニツカヤ通りを通ると、すり減ったコートを着た白髪の老人を見ることがあるという。老人は近づいて来て、あらゆる人に「私の金はどこだ?」と訊くのだという。伝説では、この幽霊を見るとろくな目に遭わない。老人に近づかれた人は誰もが、まもなく大金を失うか、倒産してしまうのだそうだ。

モスクワで最も若い幽霊

モスクワ地下鉄にまつわる恐ろしい話はたくさんある。そのうちのひとつによると、夜中12時以降にオレンジ色の線の列車に乗るのは危険なのだという。といっても、特定の1日に限ってのことである。1999年9月9日、モスクワ地下鉄で奇妙な事件が起こった。最後尾の車両で5人の女の子が一度に気を失った。その全員が列車の窓の外に若い女性の顔を見ていた。ちょうどその1年前、1998年9月9日、全ロシア博覧センター駅で女性が意識を失い、列車が近づいてくる中、ホームから転落した。女性は亡くなった。それ以来、彼女は自分が死んだ日の夜中12時以降に現れ、乗客を恐怖に陥れて、意識を失わせている。

トヴェルスカヤの猫幽霊

トヴェルスカヤ通りには月に2回、奇数の日に、奇数番地の側に巨大な黒い猫が出る。この猫幽霊はモスクワ観光ガイドも必ず話すほどに有名だ。猫幽霊が最もよく目撃されるのは、トヴェルスカヤ通り21番地にある革命博物館の近くである。モスクワの猫幽霊は国際幽霊ガイドにも掲載されている。

もちろん、モスクワの幽霊に関する伝説はこれ以外にも、もっとももっとたくさんある。こうした伝説が本当かどうかは、モスクワに来て確かめてみていただきたい。

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