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帝政ロシア軍のクリミア敗走から百年 トルコで亡命ロシアの記念式典開催【写真】

© Sputnik / Pavel Balabanov / フォトバンクに移行「ヴランゲリを追え!」(1920年)と題されたソ連時代のプラカード
「ヴランゲリを追え!」(1920年)と題されたソ連時代のプラカード - Sputnik 日本
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1917年の十月革命後、帝政ロシアを支えた南ロシア軍のピョートル・ヴランゲリ将軍率いる約3万の部隊がクリミア半島の戦線を離脱し、トルコに亡命してから22日でちょうど100年が経った。これを記念し、トルコ北西部チャナッカレ県の湾岸都市ゲリボルでは式典が執り行われた。チャナッカレ県にあるオンセキズ・マルト大学露土研究所のベダト・チャルィシカン所長がリアノーボスチ通信の取材に応じた中で明らかにした。

トルコ北西部のゲリボルでは22日、クリミア半島からロシアを追われた約3万の白軍部隊が到着してからちょうど100年となった。

​露土研究所のチャルィシカン所長によると、チャナッカレ県のトルコ市民は亡命してきたロシア兵を手厚くもてなしたという。ゲリボルには今もなお白軍の記念碑が設置されており、帝政ロシアとの歴史を物語っている。

​この記念すべき日を祝すため、記念碑の周囲には100本の木が植樹された。記念式典にはゲリボル市長や、首都アンカラにあるロシア文化センター、およびトルコのクリミア・タタール人文化社会連合の関係者らが出席した。また、ゲリボルに暮らすロシア系住民も式典に参加した。

イスタンブールにある正教会の聖コンスタンチン・エレナ教会では21日、亡命ロシアの出立から100周年を記念して奉神礼(パニヒダ)が執り行われた。

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1920年11月、最後まで革命政府に抵抗を続けていたヴランゲリ将軍率いる南ロシア軍の部隊はクリミア半島北部で赤軍と激戦の末、兵力の半数を失った。ヴランゲリ将軍は残存勢力をロシア国外に逃して態勢を立て直す決意を固め、生き残った部隊を艦隊に乗せてクリミア半島を出航してコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)に逃れた。

コンスタンティノープルには軍艦と民間船あわせて130隻が到着し、およそ15万人が亡命した。フランス占領軍と2週間に及ぶ交渉の末、ヴランゲリ将軍の部隊は入港が許可され、3か所の軍事キャンプに滞在が許可された。ゲリボルはそのうちの1つで、コンスタンティノープルから南西におよそ200キロの距離にある。

ゲリボルの軍事キャンプは亡命ロシアの軍事的中心地となり、「ゲリボル滞在」としてロシア史にその名を刻んだ。トルコでの亡命中、ロシア軍は劣悪な生活環境と医薬品の不足により250人近くが死去した。

死没者を祈念し、ゲリボル郊外の大ロシア軍墓地には慰霊碑が1921年に設置された。

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