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在京ロシア外交官 リヒャルト・ゾルゲの墓前で大祖国戦争の犠牲者を追悼

© Sputnik / Eleonora Shumilova在京ロシア外交官 リヒャルト・ゾルゲの墓前で大祖国戦争の犠牲者を追悼
在京ロシア外交官 リヒャルト・ゾルゲの墓前で大祖国戦争の犠牲者を追悼 - Sputnik 日本, 1920, 22.06.2021
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大祖国戦争の開始から80年を迎え、在日ロシア大使館の職員らと旧ソ連各国(アゼルバイジャンとアルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン)の外交使節団代表と臨時代理大使らが伝説的な旧ソ連スパイのリヒャルト・ゾルゲの墓前で、同戦争で犠牲となった兵士らに哀悼の意を表した。

記念セレモニーは多磨霊園で行われた。外交官らが旧ソ連の英雄リヒャルト・ゾルゲの記念碑に花を供えた後、在日ロシア大使のミハイル・ガルージン氏が参列者に挨拶を行った。

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ガルージン大使:「私たちは本日、我が国の国民の記憶に永遠に刻まれた日に際してこの場に集いました。ちょうど80年前、1941年6月22日の未明、大祖国戦争が始まりました。当時、はじめの数時間、私たちの同胞は、この大変な戦争が3年10ヶ月と18日にわたるとはまだ知りませんでした。しかし、すでに当時、私たちの先人は勝利を確信していました。そしてこの勝利は、私たち同胞の銃後の無私無欲な働きと、前線での兵士らの英雄的な活動により、1945年5月にもたらされました」。

1分間の黙とう後、ガルージン大使は話を続け、その中で、ファシズムに対する勝利で旧ソ連が果たした役割を軽んずる試みに対抗する必要があると強調した。

ガルージン大使:「まさにそのために私たちは今後も共に手をたずさえ、歴史的真実のために闘い、まるで戦争の勃発は旧ソ連とナチスドイツの両方に責任があるとする偽りのテーゼを打ち払うことでしょう。同時に、敵を倒し勝利を得るにあたり私たちの国が果たした決定的な役割を軽んずる試みに対抗する必要があります」。


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大祖国戦争(1941-1945)で諜報員として活躍したヒャルト・ゾルゲ氏は1895年10月4日、当時ロシア帝国の領土だった現在のアゼルバイジャンでドイツ人として生まれ、その後ドイツに移住した。

ゾルゲは第一次世界大戦でドイツ軍兵として参戦。戦後、共産主義の思想に目覚め、ドイツ共産主義者らの活動に積極的に参加し始めた。その後、ソ連に呼ばれたゾルゲは、ソ連市民権を得て諜報機関に従事した。

並外れた知性。これが助けとなってゾルゲは諜報員としての最初の赴任地の上海、そして次の東京で次々と成功を収めていく。

ゾルゲ氏がモスクワに送った多くの報告の中には、1941年夏にドイツがソ連侵攻を目論んでいるというものや、日本にはソ連侵攻の意図はなく、太平洋の戦域での軍事行動に専念するというものがあった。これらの報告により、ソ連は西側(ヨーロッパ)からの差し迫った脅威に注力し、リスクに対する対応策を練りなおすことができた。

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1941年10月18日、ゾルゲ氏はとうとう日本警察に逮捕。死刑は1944年11月7日に執行された。ソ連はゾルゲ氏を、死後20年間にわたってソ連の諜報員として認めていなかったが、1964年、「ソ連英雄」の称号を授与した。

日本でリヒャルト・ゾルゲ氏は、妻の石井花子氏と暮らしていた。花子氏が2000年に亡くなると、多磨霊園のゾルゲ氏の墓に彼女の遺骨の入った骨壺が安置された。

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