FSBが秘密文書を公開 ―ソ連に関する情報を日本に提供した国々

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FSBが秘密文書を公開 ―ソ連に関する情報を日本に提供した国々 - Sputnik 日本, 1920, 13.11.2021
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極東国際軍事裁判(東京裁判)の終了から73年に合わせてFSB(ロシア連邦保安庁)が公開した新たな秘密文書により、1930年代、ソ連に攻撃を仕掛けようとし、ソ連に対する諜報活動を行っていた日本を、ポーランド、ラトビア、エストニアが助けていたことが明らかになった。
このたび公開されたFSBの秘密文書には、ソ連に抑留されていた日本の元高位高官の戦争犯罪人の尋問調書が含まれているが、その中に、関東軍情報部長や関東州防衛司令官を務めていた柳田元三中将の証言がある。
柳田元三によれば、対ソ連戦に向けた諜報活動は1941年の関東軍特種演習の準備より遥か以前に開始され、柳田自身も日本の諜報機関と協力しながら積極的に参加したという。柳田は、ロシア語を学び、ソ連の生活条件などを調査しながら、ソ連に対するスパイ活動に向けた準備を行っていたと告白している。
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尋問の中で、柳田は1933年に、ポーランド公使館附陸軍武官兼ルーマニア公使館附属陸軍武官に任命されたとし、ワルシャワでの活動では、ポーランド参謀本部の指揮官である将校、ひいては参謀長とも個人的な関係を築くことができたと語っている。
柳田は、ポーランドの高官から赤軍やソ連の軍事産業に関する資料を受け取っていたが、日本の諜報機関がもっとも大きな関心を持っていたのは、ソ連中央部から極東方面への赤軍の配置換えに関する情報であった。
また柳田元三は尋問の中で、「ルーマニア参謀本部との関係も、ポーランド同様、諜報活動的な性格を持っていた」と告白している。さらに、武官という立場を隠れ蓑にワルシャワで活動していた日本の諜報員には、ラトビアやエストニアの軍事アタッシェらも情報を提供していたという。柳田は、これらのつながりの中でレニングラード軍管区(ロシア)の部隊に関する情報を入手していたことを明らかにしている。こうした情報が日本の諜報部にとって重要だったのは、レニングラード軍管区に新たな部隊が配置されていないか、あるいはそれらが極東に配置換えされていないかを知るためだったという。
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柳田元三の調書によれば、収集された情報は報告書として日本政府に送られ、日本の参謀本部により、ソ連に対する軍事計画修正のために利用された。
柳田の諜報活動は、1940年に次の駐在先となったハルピンでも続けられた。柳田は、日本が満州でソ連に対して行っていた諜報活動拠点である関東軍情報部ハルピン特務機関長となったのである。そして1945年8月、柳田はここでソ連軍に抑留されることとなった。
ロシアFSBが、1944年に日本がソ連に対し、細菌爆弾の使用を計画していたことが記されている極秘資料を公表したというニュースは「スプートニク」の過去の記事よりお読みいただけます。
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