ロシアから退避した日本人、残留した日本人 それぞれの怒涛の50日を振り返る

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ロシアから退避した日本人、残留した日本人 それぞれの怒涛の50日を振り返る - Sputnik 日本, 1920, 16.04.2022
3月7日、日本外務省はロシア全土の危険度レベルを3に引き上げ、渡航中止勧告を出した。そこから日本人の出国ラッシュが始まった。日本や第三国に退避した人の多くは、ロシア情勢を見守り、不安に思いながら、それぞれの仕事を続けている。人によってはロシア現地での仕事を辞めたり、留学を中断・断念したケースもあり、人生プランが大きく狂ってしまった。ロシアと縁のある日本人が何を思い、今どこでどうしているのか、話を聞いた。
ロシアに残っている日本人の正確な数は把握できない。一時帰国した人のほとんどが、在留届を出したままにしているからだ。しかし感覚的には「モスクワにいるのは、100人前後ではないか」と言う人が多い。現在もモスクワにとどまる男性は、会社から帰国の打診はあったが、残ることを決めた。「生活上の不便はなく、治安も今のところ問題ありません。日本に戻っても結局ロシアの仕事をするのなら、残ったほうがいいと思いました」と話す。
ただし、このようなケースは少数派で、多くは社命で日本への退避を余儀なくされた。ジェトロが3月31日に発表したロシア進出日系企業調査によると、駐在員の一部もしくは全員を退避させた企業は全体の81パーセントとなっている。
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退避の一番の理由は、航空便が激減し、今後ロシアから出たくても出られなくなるおそれがあるためだ。日本への直行便が飛んでいたJALやアエロフロートは欠航中。ロシアと欧州は互いに飛行機発着を禁じている。現段階で最も現実的な手段は、中東を経由することだ。ジェトロ調査では退避先として日本以外の中東・アジア地域を選んだ会社は14パーセントだった。中でもトルコやカタール、UAEなどが主な退避先となった。
トルコ・イスタンブールに退避した男性は「生活面の問題はなく、物価もリーズナブル。モスクワと時差がないことも魅力で、仕事もリモートで問題なくできています。でも、できる限りモスクワに早く帰りたい」と話す。
中東を経由し日本へ退避した男性は、借りている部屋もそのままに、最低限の荷物だけを持って戻った。現在もリモートで、ロシアにおける仕事を続けている。6時間の時差があるため、仕事は深夜に及ぶこともある。

「日本人の中でも、早く出国すべきと言う人と、問題ないんじゃないかと言う人、意見が分かれていました。ロシアに長く住んでいると、いろんなことが起こるので、結局は大丈夫だろうと思ってしまって、物事を客観的に見れなくなっている部分があります。今回は、ロシアを外から見ている人たちの意見を聞いて判断したほうがいいだろうと思い、一時帰国を決めました。飛行機のチケットを手配してもらうとき、明日の便にしますか?と聞かれて驚きました。生活は普通にできているし、町の様子もいつも通りなので、そんなに緊急性は感じられないと思っていたからです。でも、手配してくれた人からすれば、一刻も早く救い出すような気持ちだったのでしょう。」

4月に入ってから退避した人もいる。航空券が高騰しすぎ、一か月後の日程しか買えなかったからだ。ロシア人の夫がいる女性は言う。「最初の数日は大丈夫かなと思っていたんですが、色々考えて、やはり一時帰国することにしました。でもその時には近い日程は100万近かったりして、一番安いのでも40万くらいで、あきらめました。」
航空券代のみならず、お金の問題は深刻だ。ビザやマスターカードが、ロシア国外で発行したカードの決済を停止したため、ルーブルでの収入がなく、日本の口座にある資金で生活していた留学生は、生活資金を調達できなくなった。日本の家族に航空券を買ってもらうなどして、多くがロシアを離れた。
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いっぽう、ルーブルで収入を得ている人は、退避の際にロシアの銀行口座にルーブルを残している。これを外貨に換えて日本へ送金することは条件次第で可能だが、送金側と受け取り側の銀行の制限、金額制限など様々なネックがあり、個別に問い合わせなければならない。また、規則は日々変わっており、昨日できていたことが今日はできないということも十分あり得るのだ。
ロシアに戻りたい気持ちはあっても、それを判断できる材料がない。日本に退避した男性は言う。「まず停戦ですよね。戦火が収まるのが第一で、それから、ロシアの現地法人だったり、生産拠点をどうするのか?という、会社としての方針を決めます。そこで初めて、退避した社員が戻るか、戻らないかという話ができるわけです。ロシアそのものがどうなっていくのか、制裁がどの程度企業活動に影響を及ぼすのか、全体が見えません。パートナー企業に譲渡したり、休眠させるという処置についても、判断材料なしにはできません。」
コロナをきっかけに、リモートで引越しの手配もできてしまう時代になった。ロシアに戻らないとなると、最悪の場合、そうやって引越しを完結させる可能性もある。また、停戦してもすぐに航空便が復活するとは思えず、近いうちに危険度レベルが3から2に下がるという期待も持てない。さらに日本人を不安にさせているのが、ビザの問題である。すでに一部の「非友好国」にはロシア入国にあたってビザ制限がかけられている。日本は今のところ対象外だが、現行のビザを更新する際に、どのような状況になっているかはわからない。
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いっぽう、日系企業に所属せず、個人で定住許可を持っている人もいる。そのうちの一人、映画監督兼俳優の木下順介さんは現在、ある映画のシナリオを手がけている。ウラジオストク日本人居留民の実話をもとにしたもので、1919年のピーク時にはウラジオストクに日本人が6000人近くもいたが、シベリア出兵とソ連情勢の深刻化を受けて商売が不可能になり、一気に減った。この話は今年1月に偶然提案されたもので、木下さんはめぐり合わせに驚いている。「自分の状況と非常に重なるところがあります。これは今、自分が試されている時だと思い、この仕事を全うすることに決めました」と話す。
モスクワ郊外のカレー専門店「母のカレー」のオーナー大坪拓己さんは、日本からの物流の滞りと高騰が原因で、在庫がなくなり次第、店を閉めることを決めた。地元では大人気の店で、ロシアネット大手「ヤンデックス」では五つ星評価を長期にわたってキープしているだけに、「値段が上がってもいいから閉めないで」「数か月後には(物流の)状況が改善しますように」「時が来たら再開してください」といった声が連日SNSに書きこまれている。大坪さんは目下、新しいビジネスを検討中だ。
日本人学校に通う子どもたちも、生活の変化を余儀なくされた。ある保護者によると、新しい先生が赴任して来れず、新学年からオンライン授業になることがわかり、そのことが帰国の決め手になったと言う。駐在員本人のみが残り家族は帰国したケースでは、生活拠点が定まらずに落ち着かない日々を過ごしている人も少なくない。ある人は「今は何も考えられない。これ以上人が死なないでほしい。後のことは、それから」と漏らした。
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