21:41 2020年06月05日
戦勝75周年
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第2次世界大戦は全世界の記憶を歴史に消すことのできない痕跡残した。前線で戦う者、後方で支援に従事した者と当時の人間の功績については書籍にまとめられ、または映像に記録されたが、従軍し、戦争を早く終焉させようと努力した動物たちがいたことはあまり知られていない。英雄的な犬たちや爆撃を警告した猫たち、ベルリンまで進軍したラクダなど、「スプートニク」はみなさんに第2次世界大戦に従軍した動物たちの記録を紹介します。

兵士たちにぴたりと寄り添い、勇敢に戦った馬や犬、猫、そしてラクダといった四つ足の「兵士」たちは、人間同様、たくさんの功績を残した。

馬たち

公式データに残っているだけでも、旧ソ連軍に従事した馬の数は190万頭にのぼる。その半分が戦時中に犠牲となった。馬たちは輸送力として活用され、特に大砲の輸送を行った。戦闘地域の輸送を手伝い、6頭立ての荷馬車が大砲を曳いた。食料を積んだ台車と野戦用炊事場を戦地まで運んだのはまさに馬たちだった。

前線に大砲などの兵器を運ぶ荷馬車
© Sputnik / Victor Kinelovsky
前線に大砲などの兵器を運ぶ荷馬車

犬たち

人間に忠実な友人である犬たちは、工兵や通信兵、爆破手、看護兵、スパイ、警備など、戦時にさまざまな役割を担った。犬の看護兵は、戦闘地域から負傷者(約70万人の負傷兵が戦時に犬たちに救助された)を運んだ。また、弾薬を戦地に届けたりもした。森林や湿地で犬たちは負傷兵の捜索を行い、鳴き声で医師らに彼らの居場所を知らせた。犬の通信兵は重要な役割を担い人々を大いに助けた。ミンスクやキエフ、スターリングラード、ワルシャワ、ウィーン、ブダペスト、ベルリン、プラハといった大都市での地雷除去で活躍したのは犬の工兵たちだった。

  • 犬を連れて見張りをする国境警備隊員たち
    犬を連れて見張りをする国境警備隊員たち
    © Sputnik / Georgy Zelma
  • 負傷者を戦場から犬ぞりで運ぶ兵士
    負傷者を戦場から犬ぞりで運ぶ兵士
    © Sputnik / Georgy Homzor
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© Sputnik / Georgy Zelma
犬を連れて見張りをする国境警備隊員たち

カミカゼ犬

戦争は無慈悲なもの。生涯で唯一の任務を果たすためだけに訓練された動物たちがいた。対戦車用の戦闘犬は、移動する戦車の下に怖がらずに忍び込む訓練を受けた。任務直前、犬たちには地雷が仕掛けられた特別なベストが装着された。この地雷は犬たちが戦車の下に入った瞬間に爆発するように仕組まれていた。戦時、この残忍な方法により、旧ソ連兵は約300台のドイツ戦車を破壊した。

猫たち

猫たちも独自の方法で戦時に人々を手助けした。猫は特有の鋭敏な感覚で戦闘機の接近を察知し、不安を露わにすることで、飼い主に危険が迫っていることを警告した。

前線で一部の兵士たちは塹壕や蛸壺壕(たこつぼごう)で猫を飼っていた。これは、伝染病を媒介するネズミなどから身を守るためだった。

猫たちはレニングラード(現在のサンクト・ペテルブルク)の封鎖で大きな役割を果たした。猫たちはエルミタージュ美術館の芸術作品や食料をネズミたちから守るという役割を果たした。猫たちが自分たちの獲物を飼い主に届けながら、自分たちは飢えで死んでいったという話はよく知られている。また、レニングラードで食料が尽きたとき、猫たちが人間の食料となった。

鳩たち

戦時には無線通信が積極的に活用されたが、伝書鳩による通信もまだ存在していた。戦争開始当初、有線通信の使用できる範囲は3キロ圏内、、無線は5キロ圏内だった。通信が機能しない際には伝書鳩が役立った。

ドイツ軍司令部は、伝書鳩がどんな脅威をもたらすかを知っていたので、狙撃兵たちは鳩を撃ち殺し、さらに鳩を襲わせるために鷹を飼っていた。

1941年、激戦の末にロストフ・ナ・ドヌーが独軍に占領された際、飼育されている鳩の殺処分命令が下された。当時、小型の鳩を飼うのが流行っており、ドン川の対岸に陣取る旧ソ連兵にこの伝書鳩で情報提供させないためだった。ところが16歳のヴィクトル・チェレヴィチキンはこの命令に従わなかった。ドイツ兵に鳩小屋を突き止められた瞬間、鳩を解き放ったヴィクトルは、その場で銃殺された。手に鳩を抱えたまま死んでいる少年の写真をソ連のフォトジャーナリストのマックス・アリペルト氏がレンズにおさめていた。この写真は後日、ニュルンベルク裁判でドイツによる非人道的な犯罪行為を摘発する写真書類に使われている。

ラクダたち

ロシア南部スターリングラード郊外のアストラハンでの最も熾烈な戦闘が繰り広げられた際、大砲を装備した第28予備軍が編成された。しかしトラックも馬もすでになく、前線にこれらの大砲を運ぶことは不可能だった。そのため、この地域の草原に生息するラクダを運送手段とすることが決定された。ラクダは持久力があることで知られ、水分なしで約2週間、食料なしで30日間も歩き続けることができたため、不可欠の戦力となった。人間同様、多くのラクダが戦時中に犠牲となったが、マーシカとミーシカと名付けられた2頭のラクダは生き残ることができ、歴史に名を残すこととなった。司令官のグリゴリー・ネステロフ軍曹とともに2頭はベルリンに到着した。戦後、マーシカとミーシカはモスクワの動物園で飼育され、そこで余生を送った。

マーシカとミーシカと名付けられた2頭のラクダ
© Sputnik / Boris Borovskih
マーシカとミーシカと名付けられた2頭のラクダ
ラクダたち
© Sputnik / Alexander Kapustyanskiy
ラクダたち
戦争で功労をあげた英雄の動物たち

戦時中に人間の命を助けた動物たちを称えようと、英国は「私たちも祖国に奉仕した (We Also Serve)」としてディッキンメダル勲章を制定した。

ジュルバール
ジュルバール

旧ソ連では動物に勲章を与える慣例はなかったが、ある「兵士」だけは例外となった。ジュルバールと名付けられたイースト・ヨーロピアン・シェパードは、「戦功」を称える勲章を授与された唯一の犬となった。ジュルバールの優れた嗅覚のおかげで、最低でも7000個超の地雷と150個超の砲弾がチェコスロバキアやルーマニア、ハンガリーで除去された。また、ジュルバールは、ドナウの宮殿やウィーンの大聖堂、プラハ城などの地雷除去にも参加した。ジュルバールは、1945年6月24日に赤の広場で行われた初めての戦勝パレードにも参加した。モスクワでの戦勝パレードの直前、ジュルバールはケガをし、軍事犬学校の一員として参加できなかった。そのため、第37地雷除去独立大隊の司令官で調教員であるアレクサンドル・マゾヴェル氏がジュルバールを手に抱いて参加することとなった。

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ソビエト連邦, おもしろい, ネコ, 動物
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