04:09 2020年08月12日
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コサック・シリーズ第3回は、コサックの掟、コサック・ダンス、コサックの武器などについてお届けする。ロシアの祖国防衛者コサックたちは、「黒海沿岸地域のステップ(大草原)に移住した自由な人たちだった」。そんな自由な民コサックには掟がある。

モスクワで開かれたコサックのフェスティバルで、クバンのコサックのオレグさんが、コサックの掟について語ってくれた。オレグさんは弁護士で、古代ルーシとコサックの歴史を学校で教えている。

クバンのコサック オレグさんとその生徒たち
© Sputnik /
クバンのコサック オレグさんとその生徒たち

「1917年の社会主義革命の前までロシアには650万人以上のコサックがいた。しかしボリシェヴィキは皇帝の忠実な僕であるコサックを意図的に一掃した。結果ロシアに残ったのは古くからのコサックの1パーセント未満だった。だがコサックの生活様式を受け入れて、コサックになる気構えをもつ大勢の人たちが現れた。とはいえ私たちコサックの生活様式は非常に厳しく、とても厳しい規則、掟がある。それは年配の人に敬意を払い、伝統を尊重し、子供の頃から戦士の教育をするというものだ。これは日本のサムライと同じだ。またコサックたちは常に女性に敬意を払っていた。コサックはコサックの女性たちを傷つけてはならない」

コサックたちは、自分たちの掟、心のあり方を大切にする人たちだという。

オレグさんは、コサックの特務部隊「プラストゥーン」についても語ってくれた。

「コサックは、敵を急襲するすぐれた騎兵だけでなく、「プラストゥーン」と呼ばれる斥候もいた。「プラストゥーン」は、いわゆるコサックの特務部隊だ。つまり、これらの戦士たちは、敵の後方で偵察活動や破壊工作を実施するために養成された。彼らは「忍者」よりも優れた能力を持っていたかもしれない。「プラストゥーン」の選抜は非常に厳しく、100人に1人選ばれるか選ばれないかだった。

なお訓練過程には、極端な条件の中での生存訓練も含まれた。例えば、

訓練を受けている者を山あるいはアシの生い茂った湿地帯に呼び出し、石と針の2つだけを与えて、1ヶ月置き去りにする。彼は自然の中から食物を手に入れ、必要なものは、身にしのばせることのできる非常に単純な道具である石と針でつくらなければならなかった。もし帰ってきた時に衰弱しているように見えたら、「プラストゥーン」部隊での勤務には適さないとみなされた」

さて、コサックというと「コサック・ダンス」も有名だ。オレグさんによると、コサックのダンスには「戦闘用」、「愛を表現するもの」、「神に捧げるもの」、さらに「おどけたダンス」などがあるという。なお「コサック・ダンス」と聞いた時に最初に思い浮かべる「しゃがんで足を交互に前に出して踊るダンス」は戦闘用のもので、何故このような動きをするのか尋ねところ、このダンスでは足も手も動いているので、手足を使って迅速に攻撃することができるんだと教えてくれた。

コサック・フェスティバルにゲスト出演した「ピャトニツキー合唱団」。コサック・ダンスも披露された。

 

コサックのアレクサンドルさん
コサックのアレクサンドルさん

コサックの武器の使い方を教えているアレクサンドルさんによると、コサックの主な武器は、シャーシカ(サーベルのようなもの)、キンジャール(短剣)、ピーカ(槍)、そしてナガーイカ(革鞭)がある。ナガーイカは、馬に指示を与えるために利用するほか、騎馬戦ではナガーイカを使って敵を鞍からたたき落とすことができる。アレクサンドルさんは、「馬はコサックにとって戦友なんだ」と語る。コサックの馬は戦闘で機敏に動きまわり、敵の馬や、敵の騎乗者にまで噛み付くこともあったという。ドン地方の馬は犬のように飼い主に仕え、馬が負傷したコサックを歯をつかって自分の背中に乗せて戦いの場から連れ去さったりもしたそうだ。

またアレクサンドルさんは、「コサックは戦うだけではなくて新たな領土を開拓することもできるが、コサックが訪れた土地で地元の住民が苦しんだことは一度もなかった。コサックは常に他の人々との関係を修復して、友情を結ぶことができたんだ」と語っていた。

コサック・フェスティバルのポッドキャスト版です。

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