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    『ロシア革命一〇〇年の教訓』(18)

    『ロシア革命一〇〇年の教訓』(18)

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    今回は「第3章 「ロシア無頼」という教訓」の第四節は割愛し、「第4章 ロシア革命の延長線上にあるもの」の第一節をご紹介しよう。

    第4章 ロシア革命の延長線上にあるもの

    1 ユートピア思想の系譜

    ロシア革命は社会主義や共産主義の世界の実現というユートピアを求めた闘争であったのだろうか。ここでは、ユートピア思想そのものを探るなかで、ロシア革命に潜む問題点を掘り起こしたい。

    トマス・モアの『ユートピア』として知られる作品は、日本では誤解されている。なぜならエンゲルスの著作の誤訳に惑わされているからである。エンゲルスが『反デューリング論』の一部をフランス国民向けにフランス語訳して出版し、その後、ドイツ語のDie Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaftという原題の「ユートピアから科学への社会主義の発展」も出版された。日本では、堺利彦が英語版から重訳し、一九〇六年、『社会主義研究』のなかで「科学的社会主義」という表題で紹介された。このなかで、ユートピアという字句に「空想」という言葉を冠してしまったのである(武田, 1981, p. 26)。

    しかし、「ユートピア」という言葉に注目すると、Utopiaは、ギリシャ語の否定辞 ού(ou, 無)とτόπος(topos, 場所)とを組み合わせた造語で、存在しない場所を意味している。同時に、εύ τόπος(eu topos)、すなわち「幸福な場所」、「楽園」という意味をあわせもっていた。重要なことは、テキスト自体はその国の存在を主張しているのだが、当の国の命名や作品の題はその存在を否定している点である。それどころか、その国を見てきた航海者ラファエル・ヒュトロダエウス(Hythlodaeus)の名前のなかに「法螺」「熟達した」という意味が含まれており、「法螺話の大家」くらいの意味が暗示されている。そう考えると、「ユートピア」を「空想」と訳したのでは、法螺話のおかしさやユーモアが抜け落ちてしまうように思われる。

    『ユートピア』は、アメリゴ・ヴェスプッチの新大陸探検に加わった架空の人物であるヒュトロダエウスが見聞した架空の新世界の諸国、とくにユートピアについて、彼と文中のモアとペーター・ヒレスがヨーロッパ社会と比較しながら語り合うという鼎談形式をとっており、その構成は二部に分かれ、第一巻は当時のヨーロッパ社会、第二巻はユートピア社会の記述からなる。このようにして現実のキリスト教社会と架空の異教徒のユートピア社会とを比較することで、前者の悪弊を摘発し、その改革を当時の知識人、政府の高官に訴えたものであった(菊池, 2013, p. 83)。

    クリスティアノポリス、太陽の都、ニュー・アトランティス

    ルイス・マンフォード著『ユートピアの思想史的省察』によれば、ルネサンス期になって、ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエによってプロテスタント側から書かれたユートピアとして『クリスティアノポリス』が誕生する。その内容はここでは割愛するが、モアの『ユートピア』では家父長制の世帯が前提とされていた。クリスティアノポリスでは、夫婦単位で四人から六人の家族(夫婦と学齢に達しない子どもで構成)が基本単位とされている。カムパネッラの『太陽の都』は赤道直下にある国で、国家への愛を確固たるものとするため、私有財産制や個人の家庭そのものが否定されている。マンフォードは、「モアとアンドレーエは既婚者で、個人の過程を認める立場をとったし、プラトンとカンパネッラは生涯独身を通したため、男性は修道僧か兵士のように生きるべきだと主張したのである」ということになる(Mumford, 1962=1997, p. 133)。

    フランシス・ベーコンの『ニュー・アトランティス』は彼の死後の一六二七年に出版された。この国家の中心は「ソロモンの館」であり、この「六日間の御業(みわざ)の学寮」とも呼ばれる施設は地上に建設されたもっとも高貴な創造物で、教団ないし協会のようなものだった。ニュー・アトランティスでは、私有財産・金銭・階級差別は温存されており、社会は家父長制に基づいている。ソロモンの館では、科学の研究が厳密な分業のもとに行われ、そこでの成果を国家が独占するかたちになっている。

    ユートピア思想とデザイン思考

    時代を経るにつれてユートピアを描いた人々は増える。ここでは、もうこれ以上、具体的なユートピアを紹介することはしない。ここで論じたいのは、ユートピア思想がデザイン思考を内在させているという問題である。

    ユートピアという不在の世界を想定するとき、人間はどうしても「上からデザインする」必要が生まれる。つまり、ユートピア思想は、本書で批判してきた「上からのデザイン」を肯定するアプローチや、目標を前提としてその実現をめざす目的論的アプローチをとらざるをえないことになる。

    たとえば、プラトンの『国家』では「教育計画」が示されている(Mumford, 1962=1997, p. 86)。シャルル・フランソワ・マリー・フーリエは一九世紀初頭にあった野蛮な産業社会の荒れ地に入植し、その荒れ地を文明社会にすることを計画した最初の人物だったという(同, p. 147)。英国のロバート・オーエンは産業都市のモデルを計画したのであり、ジェームズ・ハリントンは、世襲財産の集中による弊害を除去するために、『オセアナ』を想定し、財産所有者である「自由民」だけが政治参加できる二院制議会のもとでの行政を設計した。

    モアの『ユートピア』は征服者ユートパスによって支配されるようになった国であり、「ユートパス王自身がまず最初に都市計画の原案をたて、ちょうど現在のような形にしたのである」という(More, 1516=1551=1988, pp. 77-78)。モアのユートピアも「上からのデザイン」によってつくられたものと言える。『太陽の都』や『クリスティアノポリス』には幾何学的な都市計画がある(菊池, 2013, p. 148)。

    エティエンヌ・カペーの『イカリア航海記』(一八三九年)は、イカリアという国をデザインしている。そこには独裁者イカールがおり、そのイカールが数々の事務局や行政部門や委員会を生み出す。イカリア人は午前六時に工場で朝食をとり、夏は七時間、冬は六時間働く。労働時間はみな同じだ。生産物は公営商店で委託販売される。雇い主は国家であり、生産や業務に必要な道具から馬や馬車も国有である。労働者を組織するのも国家であり、工場や商店、住宅も国家が建設する。理論上、産業を所有するのは人民であり、それを管理するのも人民であるが、実際は技師や役人の集団がイカール独裁のもとで各共同体を支配している(Mumford, 1962=1997, p. 173)。

    フランソワ・ラブレーは巨人ガルガンチュワとパンタグリュエル父子の冒険と遍歴の物語である『ガルガンチュワ物語』を描いたが、そのなかで「テレームの僧院」と名づけた新しい僧院建築の話が出てくる。まさに修道院が設計され、そこでの男女の生活が語られる。そこでガルガンチュワが定めた唯一の規則は「汝の欲することをなせ」であった。

    ユートピアを「上からデザインする」ことがその思考形式上、避けて通れないとしても、その「上」として、あるいは「目的」としてなにを掲げるかについては慎重な議論が必要になる。ここでの議論で言えば、「なんのためのユートピアか」、「ユートピアの目的はなにか」を明確に議論しなければ、それに基づいてデザインされた中身は懐疑の対象となるだろう。いや、唾棄すべき対象になってしまうかもしれない。なにしろ、目的が間違っている場合、その目的にそって設計された中身もまた取るに足らないものになるだろうからである。

    ユートピアはなにをめざすのか

    「ユートピアの目的はなにか」あるいは「ユートピアはなにをめざすのか」という問いかけへの答えは、ユートピアを想像した人々の生きた時代の環境と深くかかわっている。プラトンの場合、そもそも『国家』のなかでなぜユートピアたる、新しい国家を夢みたのかと言えば、ペロポネソス戦争でアテネの敗北に直面したプラトンはそこから教訓を引き出し、理想の都市国家を構想したのである。プラトンは、国づくりの中心は、国の守護者の人づくりにあるとして、幼少期に行われるべき詩歌・音楽・体育による教育のあり方をまず問題にした。彼は、この守護者の種族以外に、金儲けを仕事とする種族、補助者(軍人のような守護者の決めた考えに協力する者)の種族を区別した。そのうえで、ポリスのもつべき「知恵」、「勇気」、「節制」、「正義」の四つの徳が定義される。ポリスが正しいポリスとみなせるのは、この三つの種族がそれぞれの自己本来の仕事を行っているときのことであるとする。個人の正義は、自分の魂のなかに同じそうした種類のものをもち、それらがポリスにおける三つの種族と同じ状態にあることによって、正義を行っていることになるという。

    守護者については、絶対に必要なものでないかぎり、だれも自分の財産をもたないとされる。ポリスの安寧を守るために、感情による亀裂を防ぐ目的で、守護者の種族に対して、妻と子どもとの共有が行なわれなければならないとされた。両親は自分の子どもを知らず、子どもも実の両親を知らされないようにすることになる。

    特筆すべきは、『国家』の経済基盤については、労働問題が意識された気配はまったくないことである(Mumford, 1962=1997, p. 71)。後述するように、人間はのちに労働からの解放に強い関心をもつようになるが、少なくともプラトンにとってのユートピアは労働とは無関係であった。プラトンが思い描いたのは、「健全な心をもち、節度を守り、体を鍛えた、洞察力のある人々の住む共同体だった」のである(同, p. 75)。

    快楽こそ最高の幸福

    モアの『ユートピア』では、睡眠に八時間、労働に六時間が割り当てられている(More, 1516=1551=1988, pp. 82, 84)。残りの時間は自由に使うことができる。それが可能なのは奴隷がいるからだが、軽い罪を犯した人を奴隷身分に落とすことで、牛の屠殺などの汚い仕事、賤しい仕事、辛い仕事を奴隷にさせようとしたのである。結婚式を挙げる前には、花婿と花嫁が裸で体面する(双方の欠陥のないことを確認するためだという, [同, p. 133])。離婚は姦通および虐待があった場合であり、姦通を犯した者は奴隷とされ、二度と結婚が許されない。ユートピア人にとっての最高の幸福は快楽(voluptas)であり、その快楽には心の快楽もあれば肉体の快楽もある。とくに、ユートピア人がもっとも尊重するのは心の快楽である(同, p. 122)。具体的な心の快楽は知識や真理を求めて思索をめぐらせるときの喜びに見出され、有意義な生活を送ったと楽しく思い出にふけることも心の快楽だ。他方、肉体の快楽には二種類ある。第一は飲食を通じて体の各器官に熱量を補充するといったかたちで感覚的に直接に感じられるものであり、第二は病苦に苦しめられ悩まされることのない各人本来の健康である(同, pp. 119-120)。

    重要なことは、ここでのユートピア人が労働からの解放といった問題ではなく、「公共生活に必要な職業と仕事から少しでも割きうる余暇があれば、市民はそのすべての時間を肉体的な奉仕から精神の自由な活動と教養にあてなければならない」ことが重視されていた点にある(More, 1516=1551=1988, pp. 88)。人生の幸福がこの精神の自由な活動にあると信じていたのであり、「人間として最大限に成長すること」に関心をいだいていたことになる(Mumford, 1962=1997, p. 112)。その過程に最高の幸福としての快楽をより多く見出せると信じていたことになる。

    ユートピアとキリスト教

    カンパネッラのユートピアでは、奴隷労働が廃止されており、肉体労働は名誉ある務めとみなされている。食料ばかりでなく知識、名誉、楽しみもすべて共有で、だれもなに一つ占有できない規則になっている。ほしいものがなにもないゆえに豊かであり、なにも所有していないがゆえに貧しい。それでも、物質的な暮らしに縛りつけられてはいないことになる。このユートピアの目的は判然としないが、カトリック教徒であったカンパネッラにとって、民衆の生活状態の改善とローマ教会の改革へと結びつける意図があったようだ。

    同じく、ベーコンの『ニュー・アトランティス』はキリスト教の「千年王国」(millenium)の思想にかかわっている。これは、地上にキリストが再臨し、最後の審判までの一千年間、支配する現世の天国を意味しており、一四世紀末から、この世の終末が近いという意識が広まり、その実現を求める運動が発生していた(菊池, 2013, p. 143)。それは神に選ばれた者の倫理的完全性を重視して、暴力に訴えてでも平等な社会を実現しようとするものであったが、ベーコンは科学による全人類の幸福の実現をキリスト教的伝統のもとで果たそうとしていたのである。その意味で、労働からの解放といった限定的な目的はなんら存在しなかったことになる。

    ユートピアと社会主義

    他方、一四世紀初頭、英語で書かれた「お菓子(コケ)の(イ)国(ン)」という詩篇では、「教会 回廊 私室 会堂の屋根は みんな菓子パンで作られている」。牧歌的で豊穣な理想郷が想定されている。A・L・モートンのように、「階級なき社会は、科学的知識によって実現される「お菓子の国」である」として、社会主義とお菓子の国が、「魂をも破滅させるような無限の苦役をともなうことなしに、豊穣が可能であるという信念」において一致しているという意見もある(Morton, 1952=2000, p. 43)。

    モアの『ユートピア』を一九世紀になって再評価したのはカール・ヨハン・カウツキーである。『トマス・モアとユートピア』(Thomas More und seine Utopie, 一八八七年)において、モアが描いたユートピア人の労働にかかわる部分である、平等な労働(男女を合わせた全人口のうち、働くには年をとりすぎているとか、弱すぎるという理由ではなく、労働を免除されている者は五百人とはいない)や男女平等の労働義務(農業は男女別なくユートピア人全般に共通な知識(サイエンス)になっている)などに着目して、社会主義思想との共通点を見出している。

    他方で、すでに指摘したように、エンゲルスは「ユートピアから科学への社会主義の発展」において、「科学的社会主義」としてのマルクス主義以外の社会主義者、とくにサン=シモン、フーリエ、ローバート・オーウェンを、彼らの限界を記しながらも、「偉大なユートピアン」と位置づけた(菊池, 2013, p. 339)。フーリエは人間固有の本性を自由に機能させるために調和のとれた協同体の設立を説き、架橋や灌漑などを行う産業軍の設立などを提案している。オーウェンは住民三〇〇〇人以下のこれらの小農業共同体をもって進歩的な統治を形成することを説く(Berneri, 1950=1972, p. 352)。サン=シモンは最良の産業指導者や科学者や銀行家などに国を統治する仕事を与えるよう提案した(同, p. 358)。一説によれば、フーリエのユートピアの奥にある理想は調和だ(Mumford, 1962=1997, p. 143)。サン=シモンは管理階級の創出をユートピアの前提としている(Berneri, 1950=1972, p. 359)。オーウェンは農業共同体のメンバーの平等を重視、生産物の平等な支給を求めている(同, p. 353)。

    時代の変遷とともに経済的な格差是正という問題の深刻化で、労働や産業などにユートピアを関連づける見方が広がったのである。

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