14:37 2018年11月14日
『ロシアの最新国防分析 (2016年版)』(4)

『ロシアの最新国防分析 (2016年版)』(4)

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塩原俊彦
筆者 塩原 俊彦
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拙著『ロシアの最新国防分析 (2016年版)』(Kindle版)の第4回目、序章「権力の内幕」の第3節を紹介してみたい。

序章 権力の内実

3. プーチンの課題

プーチンがもっとも重視するのが国家の安全保障であることはすでに指摘した。それがもっとも明確に現れているのが2015年12月31日付大統領令で承認された「ロシア連邦国家安全保障戦略」である。これは、2009年5月12日付で当時のメドヴェージェフ大統領が出した大統領令「2020年までのロシア連邦国家安全保障について」を更新するものである。この二つを比較すると、ロシアは明らかに「悪い方向」に向かっていることがわかる。2009年の国家安全保障戦略では、その「国益と戦略的国家優先事項」を示した第24項で、「個人の安全保障を守ることや、同じく生活水準を引き上げることによるロシア市民の生活の質の向上」といった安定的発展のための優先事項に資源や努力を集中化することを明記していた。さらに、国家安全保障を守るための「ロシア市民の生活の質の向上」として、第46項で、「ロシア資金の生活の質の向上は個人の安全保障を守ること、同じく、快適な生活、高品質で安全な商品・サービス、労働活動への十分な支払いを入手できることによって保障されている」と書かれていた。たしかに、こうした「個人の安全保障」がまずあって、国家の安全保障が確保されると考えるのは至極、真っ当に思える。

ところが、2015年の国家安全保障戦略では、「市民の生活の質の向上」を保障する事項として、「食糧安全保障を守ること」や、「快適な生活、高品質で安全な商品・サービス、最新の教育や保健、スポーツ施設を入手できること」、高い公立の就業場所の創出など、さまざまな内容が書き込まれているのだが、「個人の安全保障を守ること」という項目は削除されている。プーチンはもはやロシア国民に対してさえ、その安全保障を軽視する姿勢を鮮明にしたと言えなくもない。

国家安全保障上、現在、きわめて重視されるようになっているのは情報にかかわる安全保障問題である。ロシアでは、1994年に策定が模索され、その後、2000年9月になってようやくはじめての「情報安全保障ドクトリン」が承認された。同ドクトリンは2009年5月12日付大統領令「2020年までのロシア連邦国家安全保障戦略について」によって、より精緻化された。さらに、2013年7月24日付大統領令で「2020年までの期間における国際情報安全保障部面でのロシア連邦国家政策の基礎」が承認された。ロシアの国家安全保障政策を決定する重要な意思決定機関である安全保障会議は2016年6月になって、新しい「情報安全保障ドクトリン案」を公表した。さらに、同年12月、プーチンは最終的に「情報安全保障ドクトリン」を承認した(Коммерсантъ, Dec. 7, 2016)。このように、プーチンは情報安全保障重視の姿勢を明確にとっている。


ロシア連邦国防コントロール・ナショナルセンター(NSTUOG) (割愛)


米国およびNATOへの対応

プーチンにとって最大の関心事は米国およびNATOとの欧州安全保障上の対応策であろう。やや以前の話からはじめよう。

2009年9月17日、オバマ大統領はポーランド、チェコへの配備を断念する決定を明らかにした。同時に、2011、2015、2018、2020年(当初)までの四つの段階に分けて、欧州における防空ミサイル網をイージス艦に配備されたミサイル迎撃ミサイルであるSM-3を海上と地上に配備する計画を明らかにした。欧州段階的適応アプローチ(European Phased Adaptive Approach)と呼ばれている。具体的には、2011年までの第1フェーズ:SM-3(Block IA)を伴ったイージス艦の地中海での配備、前方展開X波長帯レーダーPLC AN/TPY-2のトルコへの配備、2015年までの第2フェーズ:性能を向上させたSM-3(Block IB)のルーマニアのデヴェセル基地への配備(地上イージスAegis-Ashore)や艦船発射型弾道弾迎撃ミサイルであるRIM-161スタンダード・ミサイル3(RIM-161 Standard Missile 3, SM-3)を配備した4艦船のスペインのロタへの駐留、2018年までの第3フェーズ:中距離弾道ミサイルを迎撃できるSM-3(Block ⅡA)の配備(海上、ルーマニアのデヴェセル基地の地上イージスに加えてポーランドのレジコヴォ基地の地上イージスに)、2020年までの第4フェーズ:米国に向けられた大陸間弾道ミサイル迎撃や中距離ミサイルからの防衛のためのSM-3(Block ⅡB)の配備を予定している。その後、2022年まで、財政悪化を背景に配備時期が延期された。

米国のこの方針転換は、ロシアにとって有利なものかどうかは判然としない。これまでの地上配備迎撃ミサイル、GBI(Ground-Based Interceptors)をポーランドに配備する計画は、ロシアからのミサイル防衛ではないという米側の主張にもかかわらず、ロシアが強硬に反対していたものだが、オバマの新しい計画でも、依然としてロシアからのミサイル防衛も可能になると考えられるため、ロシア側の懸念は払拭されたわけではないからだ。それでも、軍産複合体担当のロゴジン副首相は、この米国の方針転換を評価する姿勢を示した(The Moscow Times, Apr. 17, 2013)。

米国の計画は第二フェーズにあり、2016年5月には、ルーマニアのデヴェセル基地で性能を向上させたSM-3(Block IB)の配備(地上イージスAegis-Ashore)を終え、運用が開始された。

核兵器をめぐる米ロの動き

メドヴェージェフは2009年9月、オバマ大統領のこの「譲歩」に対応して、カリーニングラードへの移動式ミサイル発射複合体「イスカンデル-M」の配備を撤回し、イランへの追加制裁に反対しない姿勢を明らかにした。2010年4月8日には、オバマとメドヴェージェフはチェコのプラハにおいて、新しい戦略核兵器削減条約(新START)に署名した。両国は、①戦略核弾頭の上限を1550発とする、②戦略核弾頭を運搬する手段である大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、重爆撃機の配備総数を700基・機、保有上限を800基・機とする--ことなどが決められた。条約が批准・発効すれば、7年後までに、合意された水準に達しなければならない。米上院は2010年12月、新STARTを批准し、ロシアも2011年1月、批准手続きを終了した。新STARTは同年2月5日に発効した。

オバマ大統領は2017年1月の大統領の任期切れを前に、2016年夏、新STARTの5年延長や核兵器の先制攻撃の放棄などの可能性を検討したが、結局、なんの動きもなかった(Ведомости, Jul. 12, 2016)。ロシア側としては、クリミア併合に対する欧米中心の対ロ制裁や欧州でのミサイル防衛網の整備が進む状況では、こうした提案を受け入れることはまったく不可能であった。

それどころか、2016年10月には、ロシア下院の国際問題委員会副議長のアレクセイ・チェパは新STARTの廃棄を求めるに至る。彼は、ロシアと米国を含むNATOブロックとの間の核兵器の「同等性」が現在、侵されており、NATO加盟国の英仏を考慮すると、NATO側に有利な状況が生まれているという。ゆえに、新START自体が認められないというのだ。

他方で、戦術核兵器の問題も残されている。とくに、トルコのエルドアン政権による国内のクルド人への弾圧や、シリア北部へのトルコ軍侵攻などに対する米国とトルコの関係が複雑化するなかで、トルコ南部の空軍基地インジルリクが注目されている。50以上の核爆弾(B61)が米軍も利用している地下格納庫にあるとみられており、これは欧州にある戦術核兵器全体の25%にあたる(Независимая газета, Jul. 18, 2016)。ドイツ、オランダ、ベルギー、イタリアの米軍基地にも戦術核兵器が配備されているとみられているが、トルコの基地にある戦術核兵器は今後、米国とトルコとの関係次第ではその配備が問題化しかねない。

中距離核戦力をめぐる問題

2014年7月、オバマがプーチンに対して、1987年に米ソが締結した中距離核戦力(Intermediate-Range Nuclear Forces, INF)全廃条約に違反しているとの書簡を送っていたことが明らかになった。この件については、拙著『ウクライナ・ゲート』でふれたので再論しないが、プーチンはすでに2007年2月の段階で、INF 全廃条約が中距離範囲(500~550km)のミサイルの脅威への対応を妨げているとして、同条約からの離脱を示唆したことがある。欧州のミサイル防衛網に米国がどうかかわるかが問題となっていた時期であった。

米国で制定されたウクライナ自由化支援法によって、INF 全廃条約に対するロシアの違反にかかわる議会報告書の提出が義務づけられており、今後、同条約をめぐって米ロ間の関係がさらに悪化する可能性がある。ただし、もしロシアがINF 全廃条約から脱退するような事態になると、欧州をねらった中距離ミサイルの配備が可能となり、冷戦時代に戻ってしまいかねない。

2013年3月15日、ロシアの国営テレビが放映した番組のなかで、プーチンはキエフでのクーデター後、核兵器による戦闘準備に入ることを含めて、あらゆる事件に備えようとしたことを明らかにした。この発言は一部の欧米強硬派の神経を逆なでしたようだが、プーチンとしては米国の言いなりになっているEU 諸国、とくにドイツに対して喝を入れたい想いがあったのかもしれない。欧州の安全保障に直結するINF 全廃条約のような重要問題こそEU諸国はもっと積極的にその堅持に動くべきであり、米国主導でことが運んでいることに危惧を感じざるをえない。

他方で、ロシアは2015年3月、欧州通常戦力(CFE)条約に関する共同諮問グループからの離脱を発表した。プーチンは2007年7月14日、CFE の履行停止を命ずる大統領令に署名し、関係国への通告から150日後の12月12日から、条約で定められた武器情報の開示などが行われなくなっていたから、同グループからの離脱はあまり大きな衝撃ではない。ただ、NATO 側の不誠実な対応にロシアが付き合いきれなくなったことを明示したにすぎない。それにもかかわらず、偏向報道によってこの事態がロシアの対NATO への強硬姿勢であるかのように誤って受け取られている。相互の不信感がマスメディアによって増幅されているのだ。

この相互不信を利用して軍事費拡大に向かっているのがスウェーデンである。2014年10月、首都ストックホルム沖の群島で「不審な海中活動」があるとの報告から、ロシアの小型潜水艦の諜報活動ではないかとの憶測が飛び交った。2015年4月、結局、「民間の船」にすぎなかったことが判明した。だが、この間、国防相は2016年から2020年の国防費を60億クローナ(6億7600万ドル)増やすことで財務長官と交渉を行い、実現の方向にある。

こうしたなかで、プーチンは2016年にワシントンDCで開催された核サミットをボイコットしたのである。

「ヘルシンキ合意」の重み

ここで強調したいのは、「ヘルシンキ合意」(Helsinki Accord)の重要性である。まだ米ソ冷戦の真っただ中にあった1975年夏、フィンランドの首都ヘルシンキで開催された「欧州安全保障協力会議」(Conference on Security and Co-operation in Europe, CSCE)で採択された「ヘルシンキ合意」では、主権平等、武力行使または武力による威嚇の禁止、国境不可侵、領土保全、紛争の平和的解決、内政不干渉、人権ならびに基本的自由の尊重などが合意され、軍事演習の事前通告および軍事演習へのオブザーバー相互交換などによる信頼醸成措置が決められた。参加したのは、ソ連を含めた欧州33カ国と米国、カナダの35カ国であった。このCSCE は1995年1月から「欧州安全保障協力機構」(Organization for Security and Co-operation in Europe, OSCE)と名称を変更し、現在に至っている。

冷戦下にもかかわらず実現したこの合意では、安全保障だけなく、経済・科学技術・環境、さらに人道およびその他分野までの包括的な協力がうたわれていた。こうした合意に立ち戻ることがいまこそ、必要なのではないか。

つまり、「新しい第二ヘルシンキ合意」こそ求められているのではないか。そして、いまでもNATO に加盟していないフィンランドやスウェーデンの賢明な外交力に学ぶべきなのではないか。対ロ強硬姿勢をかたくなにとり、ウクライナ、ジョージアもNATO に加盟させ、ロシアを孤立させることで平和が維持できると考えるのはあまりに短絡的な発想ではないのか。興味深いのは、2015年4月19日に行われたフィンランドの議会選で、野党中央党が第一党となり、対ロ強硬派だった与党国民連合が敗れたことである。フィンランドの賢明な国民は対ロ強硬路線だけでは決して問題が解決しないことをよく知っているのだ。

いずれにしても、オバマ大統領とプーチン大統領との関係は近年、ぎくしゃくしており、ドナルド・トランプ新政権との間でプーチンは新たな核兵器をめぐるさまざまな交渉に直面しなければならないだろう。

ミサイル防衛をめぐる米ロの確執

ここで、欧州におけるミサイル防衛網の整備について、近年の動向について概観しておきたい。2010年11月には、ロシアはNATOとの間で欧州でのミサイル防衛に関する共同作業で合意した。米国を含むNATOとロシアが共同でミサイル防衛に取り組むことが合意されたわけだが、問題は具体的な協調体制にあった。この際、ロシア側は新しい欧州でのミサイル防衛がロシアに向けられることがないよう、その確約を強く求めた。これに対して、米国はSM-3の技術データのロシアへの提供やSM-3を使った演習への参加、米国の統一航空宇宙防衛システムの参謀部のある米コロラドスプリングスにあるパターソン空軍基地への招待などをロシア側に提案した。だが、ロシア側は文書による確約を求めており、両者の溝は埋まらなかった。2011年11月の米ロ首脳会談でも、米国はロシア側の要求に譲歩はみせず、進展はみられなかった。逆に、ロシアは2010年4月の上記の新STARTからの離脱まで示唆したとされる。2011年11月末には、カリーニングラード州のスヴェトロゴルスクに早期警戒レーダー基地「ヴォロネジDM」がオープンされた。これは以前から計画されていたものだが、ロシアは今後も欧州に近接する場所で必要な軍備を整える姿勢を示した。加えて、マカロフ・ロシア参謀総長(当時)は、ポーランドやルーマニアに置かれるミサイル防衛設備を先制攻撃するとまで公言していた(The Economist, May 19th, 2012)。つまり、ロシアと米国、ロシアとNATOの関係は悪化していたことになる。

2013年3月15日、2期目に入ったオバマ政権で新しく国防総省のトップに就いたヘーゲル長官は重大な方針転換を明らかにした。第一に、GBI(地上配備迎撃ミサイル)の国内配備数を30基から44基に増加させる。第二に、日本の支援のもとに、Xバンドレーダー(TPY-2)を日本に配備し、北朝鮮からのミサイル攻撃に備える。第三に、米国内でGBIの追加配備のための環境影響評価を行う。第四に、欧州に2022年までに配備されることになっていたSM-3(Block ⅡB)の配備を断念する。つまり、欧州について言えば、SM-3(Block ⅡB)の配備を断念する代わりに、米国内にGBIをより多く配備するという方針転換を行ったことになる。この背後には、財政難から軍事費削減に迫られているという事情がある。SM-3(Block ⅡB)の開発を停止し、配備を止めることで、軍事費の負担を軽減しようとしているわけだ。加えて、SM-3(Block ⅡB)の配備がロシアの大陸間弾道ミサイルを標的にしたものであるとして、配備に絶対反対の姿勢をとってきたロシアへの譲歩がある。

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武器・兵器, ロシア軍, ロシア
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