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    フョードル・ドストエフスキー

    日本でロシア語で読む「罪と罰」コンパクト版が出版される

    © Sputnik/ RIA Novosti
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    日本で、フョードル・ドストエフスキーの最も有名な小説の一つ「罪と罰」のロシア語と日本語訳が載っているコンパクト版が出版された。何のためにドストエフスキーを「カット」する必要があったのだろうか?ラジオ「スプートニク」は、この難しい作業を行った日本在住のユーリア・ストノーギナIABC(International Association of Business Communicators) Russia副会長にお話を伺った。

    本質的に、書き換えられた「罪と罰」のコンパクト版は、クロス・カルチャーと教育プロジェクトに特化したIBCパブリッシングのおかげで世に出た。IBCパブリッシングは、日本語と英語、日本語とフランス語がパラレルに載っている一連の書籍を出版している。「罪と罰」は、同プロジェクト初のロシアの作品だ。2ヶ国語で書かれた書籍を出版するために、400ページから40ページにまで削減された。ストノーギナ氏は、これはただの削減ではなく、事実上の書き換えだと述べ、次のように語っている。

    「もし面白くなければ、読まれません。私は、ドストエフスキーは偉大な推理小説家だと考えています。ドストエフスキーの作品は非常に面白いです。ドストエフスキーは、陰謀の達人です。ドストエフスキーの作品では、各章が何らかの急展開で終わっています。これが、『さらに先が読みたい』という意欲を起こさせるのです。私はこの原則に従い、ドストエフスキーの推理小説的な魅力を維持することに努めました。そしてできる限り、それが可能な場所では、ドストエフスキーの語彙を使うように努力しました。またドストエフスキーのアイデアを伝えることにも関心を払いました。例えば、主役のロジオン・ラスコーリニコフですが、彼は才能ある人物で、周囲にはたくさんの不公平があると感じています。ですが、革命家のような行動は起こしません。ラスコーリニコフの重要なセリフの中に、『僕は共通の幸せを待つのはいやだ。僕は自分のことを考えたい』というものがあります。日本人の視点から見た場合、ラスコーリニコフは完全に反社会的な人物です。なぜなら、日本人にとって重要なのは、人間が人生の終わりに向けてゆっくりと完成し、達観するという、未来志向の発展だからです。ラスコーリニコフは、いま全てが欲しいのです。ですが日本人の視点から見た場合、これは正しくないのです。家族を助けるために売春婦となったソーニャ・マルメラードワの行為に対する日本人の評価も、ロシア人とは異なっています。これはドストエフスキーの作品の中では葛藤ですが、日本文学では、長女が家族を支えるために売春婦になるという状況はたくさんあり、そこにいかなる葛藤もありません。娘はこのような形で両親に対する自分の重責や義務を果たすことになっています。恐らく日本人は、愛していない男性に嫁ぐという、ラスコーリコフの妹ドゥ‐ニャの覚悟を、犠牲として認識できないのではないでしょうか?なぜなら日本では、兄のために全てのことが行われるのが全く当たり前のことだからです。そのため、リライトの作業を行うとき、私は、ロシア人の心の奥底に隠されている葛藤を、どのようにして日本人に伝えるかということを考える必要がありました。」

    ストノーギナ氏は、新バージョンの「罪と罰」が、日本の読者たちに興味をもって読まれることに期待している。ロシア語学習者、あるいは、最近日本で増え続けているロシア人と日本人の親の間に生まれた子供たちにとっては特に有益な書籍だ。

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