02:40 2019年10月19日
ジャンヌ・ダルク

彼女は地図からフランスを消させなかった ジャンヌ・ダルクの生涯から興味深い8つの事実

© 写真: Jean Auguste Dominique Ingres/Louvre Museum/Public domain
文化
短縮 URL
160
でフォローする

ジャンヌ・ダルクはフランスの国民的英雄だ。彼女は、英国との百年戦争で最大のピンチに立たされていた仏軍を鼓舞し、勝利へと導いた。フランスの独立がすでに死刑判決に署名がされたも同然の状態に立たされていた時だった。そんなジャンヌもある戦闘で敵の手に落ち、1431年の5月30日に火あぶりに処せられた。カトリック教会は、ジャンヌ・ダルクを列聖し、5月30日を聖ジャンヌ・ダルクの日と定めている。スプートニクはみなさんに、数奇な運命をたどったこの勇敢な女性の生涯から、興味深い8つの事実をご紹介します。

スプートニク日本

1)1412年、ジャンヌはクリスチャンの家庭に生まれた。普通の少女と何ら変わらなかったジャンヌだが、12歳の時から聖なる声が聞こえるようになった。その声は、お前の使命はフランスを 救うことだと語りかけ、ジャンヌを奮い立たせた。

2)ジャンヌは1428年の春、神の声に導かれて軍に赴き、自身の使命を語った。その話を嘲笑した軍人たちも、まもなく後悔することになった。それはジャンヌが語ったことがすべて本当に起こったからだった。

ジャンヌ​の​非凡な能力​が​​試されたのは一度や二度ではない。後に国王となるカール7世はジャンヌとのはじめての謁見の際に、わざと大勢の貴族の中に紛れていたが、彼女は間違えることなくカール7世を見つけ出した。このようにしてジャンヌは神の使いとして認められ、仏軍の指揮をまかされることになった。

3)教会は、ジャンヌが男性の衣装を纏うことを許可し、彼女を例外扱いした。他の女性たちにとっては、男装は恐ろしい罪に相当した。ジャンヌのため、特別な騎士用の鎧が用意された。

4)聖なる声はジャンヌに対し、フランス人たちはオルレアン市を包囲網から解放すると告げた。​ランスの​街は​今、​英国軍に占領されている​。だ​がフランス王太子の戴冠​は必ずやランスで行われると。それは信じ難いことであったが、17歳のジャンヌは奇跡を起こした。 彼女の​指揮する仏軍はオルレアン市の包囲を破り、奪還したランス市でフランス国王の戴冠式が行われた。

5)現代の研究者たちは、ジャンヌを神格化することを望まないが、彼女に催眠術の能力があったことは認めている。仏軍の兵士たちはジャンヌの後に続いて、圧倒的優勢にある敵軍に対し、勇敢に戦いを挑んでいった。

6)英国​に捕らえられた​ジャンヌ​は、自分はもっぱら戦略​に終始しており​、剣では一滴の血も流して​いないこと​、またキリストが描かれた旗を剣よりも大切にしていたと強調した。​この証言を聞いた英国人は​戦争責任では​ジャンヌは裁けないことから、罪は​男装​にあるとし、異端​を​非難し​て​火あぶりの刑を言い渡した。

7)カール7世も、​仏軍​の将軍も、ジャンヌを擁護することはなかった。また捕虜​にとられた貴族らは身請けされ、解放されたにもかかわらず、ジャンヌは見捨てられた。フランスとフランスの王位を守るという、当初の計画を果たした​ジャンヌ​が、フランスの権力者たちにこれ以上必要ないと判断され​た​​のだった。

© 写真 : Public domain
ジャンヌ・ダルク

8)ジャンヌ・ダルクについては、詩人や作家が​多くの​作品を書いており、有名な作曲家た​もこぞって彼女に​曲を​捧げた。勇敢な女性戦士の姿は、多くの画家たちを奮い立たせた。ジャンヌ・ダルクの生涯を題材とする映画は20本以上​が撮影され、イングリッド・バーグマンやジェーン・バーキン、ミラ・ジョヴォヴィッチ、インナ・チュリコワといった世界の映画スターが​その役を演じた。

タグ
びっくり, 歴史, フランス
コメント・ガイドディスカッション
Facebook経由でコメントスプートニク経由でコメント
  • コメント