岩田守弘さん演出のバレエ「海賊」
劇場創立85周年を華やかに締めくくる
新天地で活躍するバレエ団芸術監督の
信念と夢
ロシアバレエのファンなら、岩田守弘さんの名前を知らない人はいないだろう。外国人として初めてロシアの名門・ボリショイバレエ団の正団員になり、第一ソリストとして活躍した岩田さん。2012年にはブリヤート国立オペラ・バレエ劇場の芸術監督に就任し、バレエ指導者としてのキャリアを本格的にスタートさせた。昨年からは活動の場を変え、ニジェゴロド州オペラ・バレエ劇場の副総裁と、バレエ団の芸術監督を兼務している。スプートニク記者はロシアがコロナ禍に陥る直前にニジェゴロド州を訪れ、岩田さんが新しく演出した「海賊」を鑑賞し、新天地での仕事についてインタビューすることができた。
劇場は、ニジェゴロド州の州都であるニージニー・ノヴゴロドの中心部に位置している。首都モスクワから東へおよそ400キロ、高速鉄道で3時間半で行ける距離だ。ニージニー・ノヴゴロドは自動車関係の日系企業が数多く進出する工業都市だが、「最も完璧な中世の要塞」と名高い1221年建造のクレムリンや、ソ連のパイロットの功績を讃えて作られたチカロフの階段など、観光名所も多い。

岩田さんが来た当初は、ダンサーの質も、バレエ団としての方向性も、課題が山積みだった。しかしそれらの問題の修正に取りかかったところ、わずか半年で目に見える変化が起こったのである。劇場に足を運んだニジェゴロド州のグレブ・ニキーチン知事は、「ものすごく変わりました、同じバレエ団とは思えない」と話し、一般の観客も、「メンバーを総入れ替えしたのかと思いました。本当に同じ人が踊っているんですか?」と驚きを隠さなかった。
指導にあたる岩田さん
岩田さん:僕がここへ来たとき、この劇場で働いている人たちには、努力したいという気持ちがある。そして成長することに飢えている、と感じました。そこから、僕もダンサーたちのことをだいぶ知るようになったし、彼らも僕が要求することをだんだんわかってくれるようになりました。それに半年かかりましたね。その間の、彼らの成長はとても大きかったと思うので、そこについては満足しています。お客さんからの「変わったね」の声はすごく嬉しいです。

岩田さんは、ダンサーの成長は認めながらも「自分の力はこれくらい」と、自ら伸びしろを抑えてしまっている人が多いと指摘する。
僕は、彼らができないことは要求しません。できる範囲での要求ですね。このぐらいはできるな、という、できる範囲の100パーセントは、大体見えます。その要求をクリアすることで、その次につながっていくわけです。今できる最大限まで自分を高められたら「良い」、それができなかったら「ダメ」と言います。でも、絶対できるはずのことが、なかなかできない。100パーセントまでいけないなら、その先もいけないわけですから、どうしようもなくなってしまいます。自分でブレーキをかけているというか。頭の中の考えを変えるのが難しいのかな…と思います。
岩田守弘さん
芸術監督の仕事は忙しい。朝稽古から始まって、舞台のリハーサルをする。昼休みをはさみ、夜にもリハーサルがある。岩田さんにしかできない一番の仕事は、劇場のレパートリーを組むこと。出し物、出演者、配役を決め、個々の役に対してどの教師をつけるかを決定する。岩田さん自身もそれぞれの練習を見て、必要に応じて指導する。それと並行し、年に何度かある「初演」の準備も行う。一つの作品を生み出すには、振付・演出を担当する岩田さん以外にも、指揮者や美術、衣装の担当者など、多くの人が関わる。誰がいつ何をするのか、綿密にプランを立てていくのだ。
岩田守弘版の海賊は
衝撃のラスト

そうして生まれた作品の一つが「海賊」だ。ポピュラーなバレエだが、ニジェゴロド州劇場では意外にも、30年以上もレパートリーに入っていなかった。そこで岩田さんはブリヤート時代に初演した「海賊」をアップグレードさせ、新天地でも上演することにした。プライベートでは、二人の娘の父親である岩田さん。自分の生みだした作品は子どものようなものだという。

作品を生むのは、子どもを育てていくようなものです。上手くできたところやそうでないところを、一生懸命考えます。そしてダンサーがその作品の中で、何を表現するか考え、成長していく。そのような場があることは素晴らしいと思います。そのうち、他の劇場でもやってくれたらと願っています。やはり、色々な場所で自分の作品が上演されるのは嬉しいですね。
岩田守弘さん
「海賊」は1856年、パリ・オペラ座で初演された。現在、あちこちの劇場で上演されている海賊には様々なバージョンがあるが、それらは主に、1899年にマリウス・プティパが振り付けた改訂版をベースとしたものだ。岩田さんは新演出にあたり、この作品の原作である、イギリスの詩人バイロンが書いた長編物語詩「海賊」を読み、研究した。すると意外なことに、これまで見てきた海賊と、ストーリーが全く違っていたのである。原作のストーリーとは全く異なるものが、これまでスタンダードな海賊だと認識されてきたのだ。
悲しみにくれるメドゥーラ
原作のストーリーが気に入った岩田さんは、できるだけ原作に忠実に、脚本、音楽、振付と、新しい演出を進めていった。原作では、海賊の首領コンラッドと愛し合っているメドゥーラが、彼が心変わりしたと思って、終盤で自殺してしまう。それを知ったコンラッドは彼女を抱き上げ、絶望して霧の中に消えていく。このシーンは、これまでの海賊にはなかったものだ。
そのため、バイロンの原作通りであるにもかかわらず、この部分が岩田さんの完全な創作だと思った観客もいた。ある男性は「ラストでヒロインが自殺してしまうのは、日本的だなと思いました。死とは、日本人の感じる美につながっているのでしょうか」と感想を話した。
スタンディングオベーションする観客
記者はほかの観客にも感想を聞いてみた。「色とりどりの舞台で、華やかで、ロシアバレエのエレメントが数多く感じられました」「日本人が芸術監督になったというのは、我々の国が民主的で寛容になってきたということだと思います」「普段はそんなに劇場に来ないんですが、海賊は男性がたくさん出ますし、力強くて好きなので、見に来ました」「定番の古典作品はそのままでいいと思いますが、外国人の振付で新しいレパートリーを増やし、劇場を盛り上げるのは良いことです」などと話してくれた。
写真:モスクワ国際映画祭で挨拶するオレグ・イヴェンコさん
記者が劇場を訪れた日は、特別ゲストが登場し、舞台を沸かせた。岩田さんの友人、オレグ・イヴェンコさんだ。イヴェンコさんは、20世紀最高と言われるソ連出身のバレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフの半生を描いた映画「ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」(日本では2019年に公開)でヌレエフ役に抜擢された現役ダンサー。エキゾチックで美しい容貌と、エネルギッシュなテクニックある踊りに観客は釘付け。岩田さんは「こういうゲストをたまに呼ぶことで、作品がさらに面白くなります」と話す。
コロナ禍でシーズン終了、海賊のオンライン公開
ロシアにおける新型コロナウイルスの拡大と、それに伴う自主隔離政策、そして劇場の一時閉鎖は、岩田さんを含む全てのロシアの劇場関係者にとって思いがけないことだった。ニージニー・ノヴゴロドでも多くの感染者が出て、85周年という記念の年にもかかわらず、シーズンの後半は、集まってレッスンすることも、もちろんバレエを上演することもできなかった。

そんな中でも、それぞれが自分の仕事に邁進している。ニジェゴロド州オペラ・バレエ劇場は、自粛生活の中で、どのように劇場関係者が協力して、新作の準備をしているかを追ったメイキング動画を公表した。この動画には、自宅でオンラインレッスンの指導をする真剣な表情の岩田さんが登場する。特に3分19秒のスローモーションのジャンプは必見だ。

結局、劇場が再開できないまま、6月30日にシーズンが閉幕することになってしまった。しかしバレエファンには嬉しいサプライズが用意された。岩田さんの海賊が、24時間限定で特別にオンラインで公開されたのである。自粛期間中には、ロシアの主要な劇場がオンラインで全幕バレエを配信したが、ほとんどが何年も前に録画されたもので、新作がオンラインで公開されることは、きわめて稀だ。ファンページには「何もかも終わったと思ったけど、違いましたね!」「もう一度、感動にひたらせてくれてありがとう」「衣装から踊りまで全てが素晴らしかった」といった感想が書き込まれた。
岩田さんが今後の課題だと考えているのは、ダンサーが余計な心配をせず、踊りに専念できる環境を整えていくことだ。ダンサー同士が信頼し合いながらも、互いに刺激し合える関係性を作ることは、バレエ団全体の発展にとって非常に重要だ。また、レパートリーを取捨選択・整理し、劇場の格にふさわしい作品を常に上演できるようにしていく。そういった取り組みによって、バレエ団は地元の誇りとなり、より愛される存在になっていくだろう。
僕の大きな夢の一つは、最終的には、ここに立派な新しい劇場を建ててもらいたいということです。でもそこへいくまでにまず、州政府の方々や町の皆さんに、バレエというのは素晴らしいものだ、というのをわかってもらわないといけません。中身がなくて建物だけ、というのはダメですから。それを建ててもらえるくらいのレベルまで、このバレエ団を成長させて、評価してもらいたいと思っています。
岩田守弘さん
次のシーズンは秋から始まるため、劇場は今、充電期間だ。シーズン開始から間もない10月には岩田さんの50歳の誕生日、年明け2021年にはニージニー・ノヴゴロドの建都800周年と、節目となる出来事が続いていく。ロシアからコロナ禍が去り、岩田さんのもとで団結したダンサーたちのバレエが劇場で楽しめる日が、一日でも早く来てほしい。
筆者:徳山あすか
写真:ニジェゴロド州オペラ・バレエ劇場