13:29 2021年01月24日
文化
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芸術学者でプーシキン美術館(A.S.プーシキン国立造形美術館)の元館長・現総裁のイリーナ・アントーノワ氏が死去した。98歳だった。死因はまだ明らかにされていない。

イリーナ・アントーノワ氏は1922年3月20日にモスクワで生まれた。その後、同氏は親と一緒にドイツで数年間暮らした。1940年からモスクワ 哲学・文学・歴史研究所の芸術学科で学び、同研究所がモスクワ国立大学と合併した後は、モスクワ大学で学んだ。

戦時中は看護コースを修了し、クラスナヤ・プレスニャの病院で働いた。

1945年春からは、プーシキン美術館で働きながら大学院で学んだ。

同氏の専門はルネサンス期のイタリア芸術だった。

アントーノワ氏は1961年2月から2013年7月までプーシキン美術館の館長を務めた。2013年7月1日、当時のウラジーミル・メディンスキー文化相は、美術館の職員との会合で、マリーナ・ロシャーク氏が新館長に就任し、アントーノワ氏は特別に創設されたプーシキン美術館総裁に就くと発表した。

アントーノワ氏は2011年からロシア連邦社会院のメンバーとなった。同氏は、2つのロシア連邦国家賞や祖国功労勲章など、数々の賞を受賞している。


日露間の文化協力発展

2013年、日露間の文化協力発展への貢献に対し、アントーノワ氏に旭日重光章が授与された。特に同氏は、美術分野で複数のプロジェクトを手がけ、それによりロシアでは日本の偉大な画家たちの作品が紹介され、日本ではプーシキン美術館が所蔵する18〜20世紀の西欧の画家たちの作品が紹介された。

例えば、2013年には日本でプーシキン美術館展が開催され、同美術館の印象派のコレクションが公開された。
プーシキン博物館には、ロシアで最も大きく、最も初期の日本美術コレクションの1つが所蔵されており、巻物、イラスト入りの本、画集、版画、屏風、絵画、その他ほぼすべての主要な浮世絵師の18〜19世紀の作品や、人通りの多い交差点に通常掲げられていた劇場や喫茶店の珍しいポスターなどがある。

© Sputnik / Boris Babanov
イリーナ・アントーノワ氏
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露日関係, 文化
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