21:30 2020年04月10日
欧州
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今から17年前、コソボでの人道的大惨事の防止という名目の下、ユーゴスラビアでNATO軍による空爆が始まった。

作戦は、国連安全保障理事会のしかるべき承認を受けずに行われ、前例となった。

複数の情報によると、空爆から約3か月間でおよそ4000人が死亡した。その中には約90人の子供も含まれていた。軍人も一般市民もNATOの空爆を逃れることはできなかった。例えばNATOの航空機は難民の車列を誤爆した。

3月24日は悲劇の日。十字架に磔にされたユーゴスラビア
© 写真 :
3月24日は悲劇の日。十字架に磔にされたユーゴスラビア
このような「ミス」は、あまりにもたくさんあった。まずは戦略的施設の破壊を使命としたミサイルが、よく「そこではない場所」に命中した。

爆撃は、国に数百億ドルと推定される被害をもたらした。数多くの産業施設に加え、およそ40の病院や幼稚園、約70の学校が破壊されたり損傷を受けた。ユーゴスラビアには少なくとも3万1000発の劣化ウラン弾が発射され、それにより現在一部の地域では放射能レベルが基準値より30倍高くなっており、人間の健康にネガティブな影響を与えている。

3月24日は悲劇の日。十字架に磔にされたユーゴスラビア
© 写真 :
3月24日は悲劇の日。十字架に磔にされたユーゴスラビア
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