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    安倍首相

    パノフ元駐日大使:安倍首相の戦後70年談話、個人的に感動した

    © REUTERS/ Yuya Shino
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    アンドレイ イワノフ
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    今日、一部日本メディアが、ある種の誇らしい調子をもって、アキヒト天皇の戦後70年談話で史上はじめて戦争に対する「深い反省」という言葉が使われたことを報じた。安倍首相も同じようなことを述べた。しかし、ロシアの著名な東洋学者で元駐日大使のアレクサンドル・パノフ氏は、これは真の反省ではない、と語る。

    「私の見たところでは、二つの談話は全く異なるものだ。なぜなら天皇は、もしその談話を注意深く読んだなら、直接には近隣諸国に対する謝罪を述べてはいないからだ。彼は基本的に日本国民に対して詫びている。一方安倍首相の談話は、個人的にこれは秀逸なものだと思う。何しろ、いかようにも解釈できる代物になっているから。

    ある意味、この談話にはありとあらゆるものがある。字句としては、「侵略」も「傷つけられた女性たち」も「謝罪」も、日本がこれまで度々謝ってきたという事実確認もある。半面、日本の侵略や植民統治の明確な認定、それらに対する謝罪は談話にはない。興味深いことに、安倍談話は、露日戦争は独立を求めて戦うアジア諸国の民衆を鼓舞した、との歴史的パッセージから始まっている。しかし、それこそ露日戦争の後で、日本は朝鮮併合を行い、少し遅れて中国侵略を始めたのだ。それなのにそうしたことは安倍談話には記されていない。あるのはただ、「事変」「侵略」「戦争」という個別の言葉のみだ。誰が誰に対して戦争したのか?それが分からない。たとえば満州事変や1937年の対中侵略といった歴史的事象への現実的な評価がない。日本が国際連盟を脱会して戦争を余儀なくされたとは書いてある。アンビバレントな談話だ。終わりのほうでは、この談話で日本の責任をめぐる問題は終止符を打たれ、新しい世代の日本人はもうこれについて悩まなくてよい、と語られる。我々が誤ったから、来たる世代はこんな不愉快な出来事は忘れてよい、というわけだ。従軍慰安婦については言及がない。女性一般の苦しみが語られたまでだ。で、その責任は誰にあるのか?誰とはなんだ。戦争そのものだ。

    安倍談話は日本国内でも批判されている。立場が明確に記されていない、侵略や植民統治への謝罪がない、というのである。安倍談話は二重の感情を呼ぶ。一方で、安倍内閣は、お望みの文言は全て盛り込みましたよと主張することが出来る。他方、この談話が学校で生徒らに教えられるようになったとき、これはいかようにも解釈され得る。ある意味では、中国・韓国をはじめとする近隣諸国の意見が取り入れられている。しかし、その中国は、早くも談話を批判している。談話は玉虫色だとして、相当厳しい批判を加えている。台湾もかなり激しく批判した。アジアの民衆に対する日本の罪という問題はまだ終結していないのである。

    米国を含め、安倍氏が近隣諸国の気運を考慮せざるを得なかったことは明らかだ。しかし他面、彼は、米議会が「歴史修正主義」と規定した安倍哲学をも反映させた。さらに、周知のように戦争や植民地支配の罪を一切認めようとしない保守派の主張も考慮した。加えて、国内で高まりつつあるナショナリズムの空気も安倍談話には影響した。

    安倍談話がどのようなものになるべきかをめぐっては、かなり激しい折衝があった。草案作成にあたった歴史家の多くが、侵略や慰安婦について明確な言及がなされ、明確な謝罪が述べられるよう求めた。しかしそれは全く聞き入れられなかった。安倍談話は曖昧な、人を迷わせるような言葉を含んでおり、歴史的な理解を歪曲するものだ。

    しかし、保守政治家としての安倍氏の政治的談話としては、これは感動しないではいられない。

    安倍首相は北京訪問を予定しているというが、もし中国に行くとしても、式典そのものには出席せず、おそらく翌日だろう。あるいはそこで謝罪の言葉が出るかもしれない。しかし確実に言えるのは、そのときでも彼の言葉は今回の談話を踏襲したものになる、ということだ」

    このような談話で日本とかつて日本の植民地支配および軍国主義に苦しめられた諸隣国の関係が劇的に改善することなど期待してはならない。

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    第二次世界大戦, 歴史, 安倍晋三, 日本
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