2015.02. 2 , 14:29

テロリストとの対話を排除しない政府の甘さこそが後藤健二さんを殺した

テロリストとの対話を排除しない政府の甘さこそが後藤健二さんを殺した

「イスラム国」が二人目の日本人、後藤健二さんを殺害した。このような悲劇が二度と繰り返されないよう、熟察すべき時だ。独立系シンクタンク「中東研究所」のエヴゲーニイ・サタノフスキイ氏に話を聞いた。

―人質を取られとき、どう行動すればよいのか。

人質は何十人、何百人となくとられ、あるいは買い受けられ、あるいは死亡している。しかし必要なのは、テロリストとのあらゆる交渉に対する、厳格な、かつ合法的な、首尾一貫せる拒絶を、固く持することだ。そしたらもう

テロリストは人質をとらなくなる。だって、もしもロシアのように人質との交渉が法的に禁じられていたなら、人質ゲームを行う意味などないではないか。もうひとつ、交換条件など無効だということをテロリスト側に理解させることも有効だ。日本人であれ誰であれ、誰かを拘束することによって、身内のテロリストを解放できるなどということは無い、むしろ、即時に抹殺されるだけだと、理解させることだ。これがありうべき、唯一妥当な立場だ。人質をとるような者たちも、これで賢明になろうというものだ。テロ組織、犯罪組織、海賊、強盗団は、殲滅あるのみ。そうなれば、彼らも、人質などとらない。おろか、ただ表へ出てくることさえ、こわがるようになるだろう。

―テロリストに対してそのような厳正な立場がどこかでとられているのだろうか。

中東諸国はそれを唯一の方法としている。ただイスラエルは、昔はこうした合理的政策が取られていたが、左派および人権団体の圧力を受け、今は修正されている。イスラエルはテロリストと対話し、合意を結ぶ努力をするようになった。しかし、今日にいたって、そんなの馬鹿だ、との理解に行き着いた。そして、目には目を、歯には歯を、の原則に回帰しつつある。中東ではまだそれが行われている。中東だけではない。チェチェンのテロに対してラズマン・カディロフがとった行動を見て欲しい。あの、テロリストの親類への責任追及を強化するという、チェチェン立法府の完全に合法的で、かつ合理的なやり方を」

―けれどそのことで、ロシア内外の一部リベラル層から批判が出たのでは。

戦う人間と、たださえずるだけの人間は、まったく種類が違う。リベラル層は、その気になれば、自分の肉親をテロリストに引き渡すことも出来るのだろう。しかし私は言うが、その瞬間、リベラルはリベラルなどではなくなるのだ。かつて死刑の存廃をめぐり、超リベラルの、イリーナ・ハカマダ氏と話合った。話が特定の、残虐な犯罪に及んだとき、私はこんなことを感じたのだ。このハカマダ氏も、このような犯罪者に対しては、長時間、執拗に、かつ冷酷に、カタナでもって三枚におろすことをこそ望むのではないか、死刑を廃止するよりも……と。果たして彼女はそれを認めた。私はそれを人間としての全くの清廉さであると思う。しかし彼女はそれを個人的な弱さと見るのであった。私に言わせれば、ちょうどそれは美点なのであるが。そしてテロリズムとの戦いにおいて「リベラルする」者は、とどのつまり、悪魔の餌食となるのだ。

あるいは正論かもしれない。無辜を盾にとるようなテロリストは実際、悪魔の従僕なのである。

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