04:54 2021年02月27日
社会
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ロシアでも、日本同様、高齢者が社会的に孤立する傾向が高まっている。そうした状況は、日本でかつて言われたところの「孤独死」という現象をもたらしており、最近のデータによれば,ロシアの高齢者の13%が、一人きりで家の中でなくなっている。一方日本では、自宅で亡くなられた方のうち、一人きりで死亡した比率は34%である。

高齢者が、自分の意志あるいは状況により止む終えなく、突然、知人や隣人、時には親族との関係を断ち、最終的に自分の中に閉じこもってしまう例は、そう珍しいものではない。また中には、そもそも個人的な性格から、あるいはおつきあいより仕事を優先したりすることから、家族や友人達と交際しない方をよしとする人達もいる。その結果、どちらにしてもそうした人々は、よい場合でも、老人福祉施設で最後の日々を静かに過ごすか、最悪の場合には、自宅で完全な孤独の中、亡くなる事になる。時折、この事については、公共サービス担当の職員が、光熱費などの支払いがされていない事に気が付いて不信に思い、数カ月後に亡くなっていた事がようやく確認されるというケースもある。

スプートニク日本のリュドミラ・サーキャン記者は、高齢者自身が社会と絶縁しようとする「引きこもり」を思わせる心理的問題について、ロシアの哲学者で社会学者でもあるアンナ・オチキナさんの意見を聞いた。

「人口動態学的な人々の高齢化は、当然、平均寿命が延びた事と関連がある。日本では長寿者が非常に多く、従って、そうした傾向が顕著だ。日本でも、そしてロシアでも、多くの人達が、年金生活に入る事を、非常な痛みを持って受け止めている。自分はもう必要とされていないとの胸をつく思いが、自分で自分を孤立させてしまう場合も稀ではない。孤立化は徐々に始まって行く。付き合う友達の輪が狭まり、さらには親戚との付き合いをなくして行く。時がたつにつれて、まだ自分で自分の世話をできるあいだ、孤独の状態は長くなってゆき、しだいにその状態に慣れてしまい、ついには完全な孤立へと移って行く。孤独というのは、人間が現実として誰にも必要とされない時を言うのではなく、その人間にとって、自分は誰にも必要とされていないと思われる時、あるいは自分にはもう誰も必要なくなってゆく時を言うのだ。こうした状態は、いわゆる『引きこもり』という病的現象と同様である。」

このように指摘したオチキナさんは「問題の解決法は、できるだけ長く人々に、自己実現のチャンスを与えるようにする事にある」とし、次のように続けた―

「有効期限というのは、食料品だけにあると確信している。人間は、いくつになっても自分の力を発揮する事ができる。これは何も、年金受給年齢を引き上げろと言っているわけではない。高齢者を積極的な活動に引き入れる柔軟な形態を作りだすべきだと言っているのだ。例えば、欧州や米国では、非常に多くの高齢者が、ボランティア活動に参加している。そうした考えは、労働法の中でも、また地方権力機関のレベルでも反映されるべきだ。現在は、かつてのような、時代で区別されるような大きな教育格差はなくなっている。現代のおじいさんやおばあさんは、20世紀生まれであったとしても、若者達が育った21世紀のテクノロジーや文化の中で暮らしている。世代間の対話は、より容易になった。今度は、人間自身が、時間に支配されない人生の重大な関心ごとを模索し、それを見つけ出さなければならない。」

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