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    タイのプミポン・アドゥンラヤデート国王が逝去

    タイのプミポン・アドゥンラヤデート国王が逝去

    © AFP 2017/ Pairoj
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    タイのプミポン・アドゥンラヤデート(ラーマ9世)国王がバンコクのシリラト病院で15時52分、逝去した。89歳だった。これについて19時、タイ王室の公式声明が出された。

    プミポン・アドゥンラヤデート国王は米マサチューセッツ州ケンブリッジに1927年12月5日に生まれた。スイスで学び、兄のラマ8世の死後、1946年に王位についた。

    1960年代初頭、王は最後の欧州旅行を行う。以後国を去ったことはない。しばしば国の最たる僻地を訪れ国民と面会を試みた。農業や伝統工芸で革新的なプロジェクトを発展させることに大きな注意を払った。タイ国王として儀式を担う傍ら、重要な政策決定を取り、拒否権を行使した。

    国王はタイ人の間で非常に大きな尊敬を集めた。タイの最貧困層支援をめざす国王個人の音頭を取った(通例資金供与も行った)プロジェクトの数は治世において5000件を超えた。

    1987年には、人民とタイ政府より、国王ラーマ9世に「偉大なる王」を意味する追加の称号が送られた。

    国家元首としての直接の職務上の責務に負われながらも、非常に幅広い関心を持っていた。攪拌曝気装置や人工降雨技術などで複数の国際特許を取得している発明家の顔ももつ。また、音楽が好きで、作曲も行っている。特にジャズで成功を遂げ、1950年代初めには、その作曲作品がブロードウェイ(米ニューヨーク州)のミュージカルの一番人気曲となった。

    国王はまた、画家、写真家、ベストセラー作家、翻訳者として知られている。英語、ドイツ語、フランス語という3つの欧州言語をマスターしていた。

    息子が一人、娘が三人いる。マハーワチラーロンコーン王子、ウボンラット王女、シリントーン王女、チュラポーン王女である。

    マハーワチラーロンコーン王子はプミポン・アドゥンラヤデート国王の直接の王位継承者である。また、三人の娘のうちの一人、シリントーン王女にも継承権があるが、王位継承を規定するタイの現行法では男子の女子に対する優越を認めている。

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