07:52 2019年11月17日
死神

死の一歩手前から生還した5人の信じられない話【写真】

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社会
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何があっても生き残る人は映画ではよく見られるが、それはただの空想だ。だが、運と機転のおかげで最も困難な状況下で生き残った人もいる。そこで、信じられない生還を成し遂げた5人を紹介する。

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① アンナ・バーゲンホルムさんは凍死後に生き返った。

1999年、スウェーデンの医師アンナ・バーゲンホルムさんはスキーをしに山に向かった。 急斜面を滑降中、バーゲンホルムさんはバランスを崩し、凍った川の滝付近に頭から突っ込んだ。アンナさんの頭と上半身は20センチの氷の層の下にある水に沈んだ。救助には80分かかり、助け出されたときにはアンナさんの体温は13.7度まで落ちていた。人工蘇生が3時間行われ、心臓は再び動き出した。

​② マウロ・プロスペリさんはサハラ砂漠で生き抜いた。

イタリアの警察官マウロ・プロスペリさんは1994年、サハラマラソンに参加するも、砂嵐のせいで道から外れ、間違った方向におよそ300キロ進んだ。プロスペリさんは生きるため自分の尿を飲み、移動は朝と夜だけにして昼は休んだ。水や食料の持ち合わせがないままプロスペリさんは砂漠を9日間進み、ようやくオアシスにたどり着いた。そこで遊牧民に発見され、病院に運ばれた。9日間でプロスペリさんは18キロ体重が減ったが、一命をとりとめた。

③ ヴェスナ・ヴロヴィッチさんは空中落下を生き延びた。

セルビア人(旧ユーゴスラビア)の客室乗務員ヴェスナ・ヴロヴィッチさんは1972年、コペンハーゲン発ベオグラード行きの便に普段通りに乗った。しかし高度1万160メートルで旅客機の貨物室で、テロリストが仕掛けた爆弾が爆発した。機体は空中分解して山中に墜落。唯一の生存者となっったのがヴロヴィッチさんだ。爆発の瞬間機体後部にいて、落下先の木々や斜面という地形が衝撃を減らしたと見られている。

ヴェスナ・ヴロヴィッチ
© AP Photo /
ヴェスナ・ヴロヴィッチ

④ フラン・セラクさんは7度大事故に巻き込まれ、生存札のみを引き当ててきた。

クロアチアの音楽教師であるフラン・セラクさんは命に関わる大事故に7度遭遇しながら生き残った。1962年冬にセラクさんの乗った列車が脱線し、凍った川に落下。1年後には乗っていた飛行機のドアが急に開き、客室内で急減圧が発生して乗客全員が外に放り出された。1966年にはバスが川に落ちて大破。1970年には運転していた車が急に燃え始め、3年後にも運転していた車が炎上。1995年にはバスにひかれ、翌年には山道を運転中、慌てていたトラックがセラクさんの車に突っ込んできた。2003年81歳でようやく、セラクさんの運が回ってきた。宝くじで100万ドルを当てたのだ。

​⑤ アナトーリ・ブゴルスキーさんは強力な被ばく後も生き延びた。

ロシア人物理学者アナトーリ・ブゴルスキーさんは1978年、いつも通り巨大な粒子加速器で実験を行っていた時に機器の故障を直すため機器内に頭を突っ込んだ。陽子線の進路に頭が入り、頭の左側を陽子線が経過した。大量の放射線を受けたため、医師らは死を予測していたがブゴルスキーさんは生き延び、研究を続けた。知能に損傷はなかったが、左耳の聴力を失い、左顔面が麻痺した。

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