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    ロシアと日本:物思いとためらいを呼び起こす「中立」

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    アンドレイ イワノフ
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    75年前の今日、1941年4月13日に締結された日ソ中立条約は、露日関係に横たわっている解決困難な問題について考える上でのきっかけを与えている。 以下、モスクワ国際関係大学上級研究員、アンドレイ・イワノフ氏の見解を紹介する。

    ロシア人は、日本が「ロシアは狡猾にも日ソ中立条約を一方的に破棄した」としてロシアを非難することが気に入らない。ロシア人は、もちろん、ロシアがいつどんな時・どんな場合においても隣国との関係において正しかったとは思っていない。しかし1945年の8月9日に日本に宣戦布告することで、ロシアは、つまりソ連は、連合国への借りをアメリカとイギリスに返したのだ。その借りとは、アメリカ・イギリスが1944年に反ナチスドイツの第二の前線を開放し、そのことが第二次世界大戦の終結を早めたということだ。スターリンは、日本を一刻も早く破壊するために、ソビエトの助けを必要としている連合国を裏切ることができただろうか?いや、彼は、そんなことはできなかった。

    そしてスターリンは、日本を騙し、裏切ったわけではない。なぜならば日ソ中立条約の効力が切れる一ねん間前に条約の廃棄を通告していたし、実際に参戦したのはそれから4ヶ月も経ってからなのだから。
    ある意味では、1945年のソ連は日本との関係において、日本がロシアの領土拡張に恐れを抱いてロシア帝国と戦争を始めたときの日本のロシアに対する関係よりも、正直・実直にふるまったといえる。そう、ニコライ二世の周りには数人の山師がいて、日本人を満州や朝鮮半島から排除し、ロシア帝国の力を満州・朝鮮半島まで拡大するという計画を立て、皇帝の気を引いた。

    しかしロシアの外交部や将官団は、日本と戦争するなどという計画を支持しなかったし、戦争に向けて準備もしなかった。このことはロシアの戦争における敗北が証明している。この戦争はまさに、日本が始めたものだ。日本の勝利は、付け加えて言うなら、日本にとって代償が高くついただけで、利益にはならなかった。ロシアからサハリンの南半分の領土を譲り受け、そして韓国を併合したことは、日本人に自分たちが優越しているという感覚を呼び起こさせた。そして少し後に、日本が中国や太平洋で戦争を繰り広げる引き金になったのだ。しかしその戦争は結局のところ負け戦に終わった。この日本の敗北は、繰り返して言えば、ソ連が対日本参戦をしたために早まったものだ。

    このときから日本はロシアに対して憎しみを抱いている。そして両国はその時から今日まで平和条約の締結に至っていない。これにおいて両者とも、平和条約がない現在の状況は異常であると考えているし、問題を解決する道を話し合う用意ができている。まさに、このような狙いがあるために、安倍晋三首相は、少しでも早くプーチン大統領に会おうとしているのだ。ロシアと日本は、相互協力を発展させなければいけないのだが、しかしながら露日のリーダーの対話は、とどのつまり、単純なものにはならないだろう。それは20世紀に二国の間で起きた2回の戦争の記憶のせいでもある。さて、ロシアとドイツの間には、やはり前世紀の間に2回の戦争があった。それも、露日の戦争に比べて、露独間の戦争ではずっと多くの血が流れた。それにもかかわらずロシアとドイツは、お互いがかつて感じていた憎しみを過去のものとすることができた。ロシアと日本も、そろそろそれと同じことをする時期に来ているのではないだろうか?

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    露日関係, 日本, ロシア
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