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    プーチン大統領

    なぜ一部の日本人には「プーチンの愛国心」とロシアの現実が気に入らないのか?

    © Sputnik/ Sergey Guneev
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    アンドレイ イワノフ
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    日本のメディアの一部によって読者に押し付けられている現代ロシアに関する不当なイメージが、日本人が独自の長所と欠点を持つ普通の国・ロシアの実像を見ることを妨げている。

    私は基本的に産経新聞の大胆さに敬意をもっているが、その産経新聞で先日遠藤良介氏の「プーチン大統領の身勝手な「愛国心」が社会の断絶を深めている」という記事が掲載された。タイトルにあるこの穏やかでない結論を著者は記事の最初の3段落で次のように根拠付けている。

    「ご無沙汰していたロシア人の同業者に出くわし、豹変ぶりに驚かされることが少なくない。客観的に物を見ると思っていた人が、一変してプーチン露政権の盲目的な礼賛者になっている。「政権の対外政策は完全に正しい」と彼らは力説し、特に2014年3月のウクライナ南部クリミア半島併合については全く話がかみ合わない。

    ウクライナでは14年2月、大規模デモを背景に親露派政権が崩壊し、親欧米派が実権を掌握。プーチン政権は親欧米派を「ファシスト」と称するプロパガンダ(政治宣伝)を展開し、「ロシア系住民の保護」を名目に、独立とロシア編入を問うクリミアの住民投票を後押しした。露軍部隊も派遣して行われた住民投票と併合は、ウクライナの法にも国際合意にも違反していた。
    しかし、プーチン政権の礼賛者は「クリミアは民意によってロシアに編入されたのだ」とし、「ウクライナに非合法のファシスト政権が発足した以上、内外の法は一切の効力を失ったに等しい」などとまくしたてる。当時の親露派大統領は自ら逃亡し、議会で暫定政権が選出されたのだが、聞く耳は持てないようだ。」

    「プーチンのロシア」を批判するほかの多くの日本および西側の記事と同様、本記事で驚かされるのは、確かな観察と、全く不確かな結論が同居していることだ。先入観が正しい結論を出すことを阻んでいる。たとえば、著者の信念では、プーチンの外交政策を支持するすべての人は「プーチンのプロパガンダ」の影響下で客観的現実を評価する能力を失っている。

    ところが、ことクリミアに関しては、客観的現実は次のようなものだ。クリミア人の圧倒的多数は一度も自身をウクライナ人であると考えたことがなく、キエフの仕掛ける強制的なウクライナ化に可能な限り抵抗していた。当初、それは、荒々しいものではあれ、相当平和的な手段で行われていた。しかし2014年の初め、ウクライナ各都市の通りにマスクをした暴徒がとびだし、ロシア人を吊るし、斬るよう呼びかけた。その後、この暴徒らの支援を受け、ウクライナの政権に、数万人ものポーランド人、ユダヤ人、ロシア人を殺したヒトラーの協力者らを国民的英雄だと宣言する者たちがついた(もしロシアの政治家、専門家やジャーナリストがこの者たちをナショナリストやファシストと呼ぶなら、それは「プーチンのプロパガンダ」ではなく、悲しむべき真実である)。

    キエフの政権に就いたファシストらを見た(繰り返すがプロパガンダの影響ではなく)クリミア市民は、ウクライナ離脱とロシアとの統合に賛成票を投じた。投票は完全に民主的なものだった。ロシアの特殊部隊が高いプロフェッショナリズムを示し、投票プロセスに影響を及ぼさなかった。彼らは投票の安全確保に専念し、地元の民兵組織の支援を受けて、国家主義武装集団がウクライナから半島に浸入することを防ぎ、クリミアで除隊されたウクライナ軍兵士は駐留地から出さなかった。ところで、ウクライナ軍人の大半はその後、ロシアへの忠誠を誓い、クリミアに残って勤務を続けている。
    「クリミアの併合」について西側がプーチンを批判する理由は、民主主義の規範と国際法への違反ではない。西側自身、国益上必要なら、民主主義にも国際法にも唾を吐きつける。批判の理由は、もはやクリミアには米軍基地を絶対に展開できない、という状況にこそある。

    産経の記者には、ロシアの国家理念が表されているというプーチン大統領の身勝手な「愛国心」も気に入らない。

    「その「パトリオティズム」を、「現政権を支持すること」という身勝手な解釈で独り占めしたのがプーチン政権だ。プーチン氏はクリミア併合を宣言した際の演説で、併合を支持する「愛国機運」に謝意を示し、反対する欧米はロシア国内の「第五列」(対敵協力者の意)や「裏切り者」と結託してロシアの弱体化を狙っていると述べた。これ以後、政権に異議を唱えることは「非愛国的」であり「対敵協力」であるとの風潮が増幅される一方だ。」

    まず、ロシアの国家理念というものが公式に定められてはいない。それを愛国心と見なすという呼びかけは、単に個人的な意見である。第二に、クリミア住民の意見に唾を吐いてウクライナにクリミアを与え、米軍基地の展開の可能性を開くこと、それこそロシアの弱体化につながる可能性のある、ロシアの国益への裏切りだ。しかし、こうした訴えは、ロシアの国営テレビでも、野党のロシア人やウクライナ人、ヨーロッパ人、アメリカ人政治学者・ジャーナリストの口から話されている。彼らに対するいかなる圧殺もない。

    この問題に関し、遠藤氏には異なる意見があるようだ。

    「クリミアやウクライナの問題で「話ができない」と感じているのは、決して私だけではない。複数の知人がクリミア併合に異論を唱え、友人や親族に罵倒されたという。」

    これは罵倒ではない。「台所での議論」だ。時にはそれは、非常に感情的なものとなる。時には叫びや怒号にもなる。こうしたことはソ連時代にも行なわれ、当時は精神の自由の現れであると考えられた。それが今も行われている。しかし、なぜプーチンの政策を受け入れない人は、誰もが彼らに同意すべきであると考えるのか?

    次に、「クリミアをめぐるインターネット上の書き込みだけで「過激主義」の罪に問われ、実刑判決を受ける事例も出ている。」とある。

    実際の事例について私自身は聞いたことがない。しかし、もしこれが本当であれば、ロシア全国どころか世界的なレベルでの本当のスキャンダルが巻き起こっていただろう。反対派の弁護士たちは眠りこけてはいない。

    次に、「プーチン政権の「パトリオティズム」は、自由な思考のできる賢明な人々から本来の愛国心と言葉を奪い、社会の断絶を深めているように思われてならない。」とある。

    実際には、すべて反対である。西側およびロシアの反対派のプロパガンダこそ、「自由な思考のできる賢明な人々」は「プーチン政権」を支持できない、なぜならそれが奴隷や無学な役畜の宿命だからだ、との信念を植えつけようとしている。ここにはコメントすることは何もない。

    そして最後に次のようにある。「経済の低迷が深刻化し、本来ならば大胆に改革を議論すべき時だ。その道が閉ざされていることの危険性に、政権はいつ気づくだろうか。」

    経済の低迷の深刻化については議論の余地がある。制裁と原油価格の下落にもかかわらず、指標は上昇している。が、もちろん、改革は必要だ。しかし、どのような改革か。ロシアの経済学者や政治家は今も議論している。これが全体主義国であれば、とうの昔に議論をやめ、経済的な奇跡を成し遂げていただろう。シンガポール、台湾、韓国のように。どうやらプーチン政権はそれほど全体主義的ではないようだ。遠藤氏はそれが見えているのだろうか?彼はロシアで本当は何が起こっているかを理解しているのか?記事を見る限り、彼はロシアの現実への理解について問題を抱えているようだ。

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    露日関係, ウラジーミル・プーチン, 日本, ロシア
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