00:47 2019年10月21日
「スプートニク」 ポーランドで見つかった「タイムカプセル」が明かす秘密を知る

「スプートニク」 ポーランドで見つかった「タイムカプセル」が明かす秘密を知る

© REUTERS / Denis Balibouse
ルポルタージュ
短縮 URL
0 173
でフォローする

ポーランド北西部の西ポモージェ県ズロチェネツ(第二次世界大戦終結までドイツ領でオルデンスブルクと呼ばれていた)で、1934年にナチスがその後世の人々のために残した「タイムカプセル」が見つかった。「スプートニク」は、カプセルが見つかった西ポモージェ県ズロチェネツ市の職員セバスチャン・クロパトニツキさんに話を伺った。

スプートニク:あなたの町でカプセルが見つかりました。そのきっかけは何でしたか?

クロパトニツキさん:私がはじめて「タイムカプセル」について知ったのは1997年のことです。当時、私たちの町の歴史について書かれたロルフ・サウィンスキさんの書籍が出版されました。この本の中で、オルデンスブルクが町の地位を得てから1934年で600年を迎えたと述べられていました。その記念日を祝って「未来へのメッセージ」を埋める式典が行われました。私たちが探し始めたのは2015年になってからです。秘密の「タイムカプセル」探しを提案したのは我々のクシシュトフ・ザハジェフスキ市長です。私たち皆がこの夏夢中になりました!なお大勢の人が、カプセルを探すのは不可能だと言いました。しかもメッセージが入った容器は、軍部隊の敷地内にあり、省を通じて全ての捜索作業の許可を得なければなりませんでしたが、私たちはそれを行いました。私たちが最も夢中になったのは、1934年に撮影されたドキュメンタリー映画を見つけることでした。しかし容器の中にこの映画は入っていませんでした!でも他の興味深いものが入っていました…

スプートニク:具体的には何が見つかりましたか?

クロパトニツキさん:私たちは、ドイツ国家社会主義労働者党の人員を訓練する学校のための最適な場所探しについてベルリンと手紙のやり取りをしていた地元の銀行家の手紙を見つけました!文章は手書きで、鉛筆によりゴシック体で書かれていました。

スプートニク:容器の中にコインや新聞、あるいは写真などは入っていましたか?

クロパトニツキさん:はい。当時ドイツで使用されていたコインがありました。また上から撮ったものも含めて私たちの町の写真もありました。でも最高の状態で残っていたのは、当時のドイツの新聞です。まるでたった今印刷所から出てきたばかりのようです。この新聞を読むのはとても興味深いです…

スプートニク:「タイムカプセル」は過去だけでなく、1939年に第二次世界大戦を始めた全く別の国からのメッセージだと言うこともできます。今回の発見は、あなたの町の住民、ポーランド人、そして我々すべての人間にとってどのような意味を持っていると思いますか?

クロパトニツキさん:自分の感情を表現するのは難しいのですが、私の個人的な意見を述べます。1933年と1934年は1939年に我々を襲った巨大な悪の始まりとなりました!当時ヒトラーの恐ろしいすべての計画がはっきりとした形となり、特にドイツ国家社会主義労働者党の人員のための訓練学校がつくられました。私は歴史家ではありませんが、これらの学校では単に残酷な殺人者が養成されたのです。

関連:

サンフランシスコ講和条約は日本を第二次世界大戦から引き出すと同時に冷戦に引き込んだ
レーニンに稀有な遺伝上の突然変異が発見
タグ
歴史
コメント・ガイドディスカッション
Facebook経由でコメントスプートニク経由でコメント
  • コメント