00:07 2018年10月19日
正月の有意義な過ごし方:ロシア映画、定番から新作まで徹底解説

正月の有意義な過ごし方:ロシア映画、定番から新作まで徹底解説

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徳山 あすか
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もう2016年も残すところあとわずか。ロシアでは大晦日から新年にかけて、ある映画を見るのが毎年恒例となっている。家庭ではごちそうやケーキを食べ、プーチン大統領のスピーチを聞いて、シャンパンで乾杯するのだ。まとまった時間のある年末年始は、ロシア映画を見て、ロシア文化に触れる良い機会である。

とは言っても、ロシア映画そのものが日本で商業公開されることがほとんどないので、馴染みのない読者もいることだろう。そこでスプートニクは、映画史・ユーラシア文化研究者で、エイゼンシュテイン・シネクラブ代表の井上徹氏に、ソ連・ロシア映画の魅力を教えていただいた。

井上氏が大学に入ったのは冷戦のさなかの1985年で、まだ身近にソ連に関する情報は少なかった。その直後にチェルノブイリ原発事故、ペレストロイカなど世界の歴史に残る出来事が続いたこともあり、ソ連への興味が深まった。井上氏は、歴史や文学、演劇に触れる中で、ソ連映画への関心を深めていった。当時「ソビエト映画の全貌」という企画があり、100本近くのソ連映画が日本で上映され、井上氏も足繁く通った。特にアンドレイ・タルコフスキー監督の作品は大人気で、ファンらが行列を作り、その列は劇場の周囲だけではおさまらなかったほどだ。

エイゼンシュテイン・シネクラブは、1990年に映画評論家の山田和夫氏が中心となり創立。ロシア・ソビエト映画祭を行うなど、数々の名作を日本に紹介してきた。山田氏の没後、井上氏が後を引き継ぎ、現在に至っている。

冒頭で紹介したロシア正月映画の定番とは、エリダル・リャザーノフ監督の「運命の皮肉 あるいはいいお湯を!」で、公開されたのはなんと1975年だ。モスクワに住む主人公の男性ジェーニャは大晦日に酔っ払い、誤ってレニングラード行きの飛行機に乗ってしまう。ジェーニャが自分のマンションと勘違いして部屋に入ると、部屋の主である美しい女性、ナージャが帰宅する…というラブコメディだ。この映画について井上氏は次のように話している。

井上氏「この映画を見たことのないロシア人はいないと思います。なぜこの映画がこれほど長く新年の定番になっているのかは、ロシア七不思議の一つです。登場人物は典型的なロシア人というわけでもありません。主人公の相手役、ナージャを演じているのはポーランド人の女優、バルバラ・ブルィリスカで、ナージャの友人役の女優がロシア語吹き替えをしました。主人公たちが住んでいるのは規格通りに作られた世の中です。モスクワとレニングラードで、通りの名前も建物も、扉も鍵も全く同じ。鋳型で作られたような世界が量産される社会です。この映画は、それに違和感を感じている人にとって、そこから少しでも抜け出す快感、組織からはみ出す快感を与えるのでしょう。リャザーノフ監督はジョージア(グルジア)の出身です。概してジョージア出身の監督は、コメディを撮るのが上手いのです。ロシア人を外から見るような視点を持ち合わせており、『今のロシア人、今のソビエトの社会はおかしいよ』という批判精神が、見る人の共感を呼んでいるのだと思います。」

実は筆者はこの映画を何回も見たが、恥ずかしながらナージャの声が吹き替えだと全く気付かなかった。自己弁護しておくと、それほど上手くできているのである。ちなみにジェーニャの息子とナージャの娘を主人公にしたこの映画の続編は2007年に公開されたが、筆者の周りにはオリジナルの方が好きという人が多い。今月、東京都内で続編の上映会が行われたが、中には内容が腑に落ちない人もいたようだ。やはり元ネタを知らなければ、リメイク版を100パーセント楽しむことは難しいようである。

さて、冬休みのお子さんと一緒に素朴なアニメを楽しむのも一興だ。ソ連のアニメと聞くと、「チェブラーシカ」を思い浮かべる人が多いかもしれない。むしろ、チェブラーシカ自体がキャラクターとして有名になりすぎ、ソ連発だと知らない人もいる位だ。一方、当編集部のスタッフを始めとするロシア人の中には、ソ連アニメの最高傑作は「霧の中のハリネズミ」だという意見が多い。アニメ界の巨匠ユーリー・ノルシュテイン監督によって、美しくも幻想的な世界が描き出されている。

井上氏「私がソ連のアニメを見ようと思ったのは大学に入ってからです。その当時、一番すごいと思い、感銘を受けたのは『霧の中のハリネズミ』でした。『チェブラーシカ』は70年代に日本に入ってきてはいましたが、商業ルートではありませんでした。また、当時はエストニアのアニメーションも非常に面白かったです。しかしなんといっても、ノルシュテイン監督は注目の的でした。エイゼンシュテイン・シネクラブは彼と長く親交があります。94年にノルシュテイン監督を招きワークショップを開催した際には、既にアート・アニメーションの世界で活躍しているプロの方々が多数、受講生として参加しました。彼は私にとっても、非常に特別な存在です。」

ソ連の映画ばかりで古くさい、とお思いの方は、現代ロシアの国産映画を試してみてほしい。特に井上氏がおすすめするのは、以下の6作品である。

「ピーテルFM」(2006年)ピーテルとはサンクトぺテルブルグのこと。ラジオ局で働く女性の携帯電話を拾ったある男性。彼は彼女に電話を返そうとするが…。
「中継基地 米ソ連合時代のサンクチュアリ」(2006年)第二次世界大戦中、米国は戦闘機や物資をソ連に提供。米ソが協力する姿は現代人にはかえって新鮮。
「ルサルカ 水の精の恋」(2007年)黒海沿岸で暮らしていた少女がモスクワに出てくる。そこで展開される人間模様を描き、日本人の若い女性の共感を呼ぶ。
「一部屋半 またはセンチメンタルな故郷への旅」(2008年)詩人のヨシフ・ブロツキーが主人公。芸術作品として完成度が高く日本人の感覚にも合う。
「ヴィソツキー、生きていてくれてありがとう」(2011年)ソ連時代の反骨のシンガーソングライター、ウラジーミル・ヴィソツキーを描いた作品。
(番外・DVDあり)「レジェンド・オブ・ヴィー」(2014年)ロシアでは「ヴィー」というタイトルで公開された。ロシア・ウクライナ・チェコの合作。

井上氏「2000年代に入って、ロシア映画にも良い作品が出てきましたが、日本にはなかなか輸入されないな、という思いがあり、日本ユーラシア協会などで上映会をしてきました。おすすめに挙げた中で、最も芸術的価値が高いと思うのは『一部屋半』です。これが日本での商業公開に至らず、残念です。『中継基地』の舞台である第二次世界対戦時は、レンドリースという制度があり、米国が連合国に対して軍需物資などを提供していました。これはある程度実話をもとにしたフィクションです。歴史的背景の知識なしでは理解できない部分もありますが、皆の知らない米ソ関係を知ることができる、よくできた映画です。ヴィーは、ゴーゴリの小説『ヴィー』(地の精霊、妖女)をもとにしています。ロシアは伝統的にホラー作品がほとんどありません。しかし『ヴィー』は例外で、珍しくホラー映画として成功しています。」

この記事の中では10本をご紹介したが、見てみたい映画があっただろうか。読者の皆さんは、インターネットも活用し、ぜひお気に入りの一本を見つけてほしい。

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