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    「グリフォン」

    シベリアの謎の巨石「ドラゴン」と「グリフォン」の謎を ロシア人研究者が解き明かす

    © 写真: Aleksandr Peresyolkov, Ruslan Peresyolkov
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    アルタイのモフナタヤ山で、ドラゴンの顔とグリフォンの頭が見てとれる古代の石像が見つかった。すでに2013年にこの巨石を発見していた二人のロシア人研究者(父親と息子)は、石が自然にこのような割れ方をすることはないため、これは人間の手によるものだと語る。

    重さ120トンの石に刻まれた「ドラゴン」は、長さ1.3メートルから2.1メートルの6つの花崗岩の塊からできている。「グリフォン」の巨石は長さ5.9メートル、高さ2.5メートル以上で、発達した顎と目を持ち、くちばしと長いギザギザのトサカもある。首もはっきりと見てとることができ、残りの胴体は地中に埋まっている可能性がある。
    研究者のルスラン・ペレショルコフとアレクサンドル・ペレショルコフはスプートニクに対し、アルタイの山間部には、理性の力が働いた跡がはっきりと見られる巨大な石像が数多くあると語った:

    「もちろん、石の集積がすべて加工された巨石というわけではありません。概して、巨石は石群、単石、複合体に分類できます。石群とは、部分的もしくは全体的に加工が施された岩が大量にあるものです。単石には500キログラムから数百トンにのぼるものもあります。複合体は、私たちが「グリフォン」と「ドラゴン」と名付けた石像が見つかったモフナタヤ山のようなものです。ひとつの丘のこともあれば、山間の渓谷のこともあります。

    「ドラゴン」
    © 写真: Aleksandr Peresyolkov, Ruslan Peresyolkov
    「ドラゴン」
    「ドラゴン」
    © 写真: Aleksandr Peresyolkov, Ruslan Peresyolkov
    「ドラゴン」

     

     

    現段階の研究で重要なことは、年代に関する問題にはまだ手を付けないことです。この状況で無責任な発表をすることは極めて簡単ですが、もっと重要なことは、今あるものをより深く検討することです。グリフォンは岩に浮き彫りをする形で作られています。頭とくちばしは同じ線上にあり、ギザギザのとさかは頭とくちばしの線に対して120度傾斜しています。さらに、くちばしの長さは見る角度によって異なって見えます。

    人類は野蛮で野性的な状態からゆっくりと段階的に抜け出したというのが一般的な考え方だとすると、このように複雑な構造の物体が、私たちが原始時代と呼ぶ時代に発見されたことは、どう理解すれば良いのでしょう?

    私たちは、これは石器時代のものだと言います。つまり、誰もが石器時代を時間的なカテゴリーだと捉えているのです。しかし、これは人々が石器を使っていた時期に過ぎないのです。どこかの遅れた部族にとっては、今も石器時代は終わっていません。もしも今、大惨事が発生し、すべての工場が止まってしまったならば、私たちにも石器時代がやってくるのです。時代というのは時間のカテゴリーであって、その時期に人々がどんな道具を使っていたかというのは、厳密に言うと、時代を決める主要な特性にはなりません。このように、人類史の始まりの問題において、概念のロジックが破綻していることが分かります。大したことではないようですが、これはひとつの指標なのです。

    「グリフォン」
    © 写真: Aleksandr Peresyolkov, Ruslan Peresyolkov
    「グリフォン」
    「グリフォン」
    © 写真: Aleksandr Peresyolkov, Ruslan Peresyolkov
    「グリフォン」

    私たちの発見の意義は次のことにあると考えています:

    1. 地球での人類の存在について、すべての問題が明らかになっている訳ではないこと。

    2. これらの巨大な構造物に関する情報には神話と伝説以外に出所がないという事実から、私たちはこれらの神話と伝説をもっと信頼しなくてはならないこと。なぜなら、それ以外に方法はないからです。勝手にでっち上げるわけにもいかないでしょう。

    3. 19世紀にマックス・ミューラーが発表した声明を改めて見直さなければならないこと。彼は、人類が段階的に野生から抜け出したという理論は二度と検討されることはなく、周期的発展理論に代替されると言いました。つまり、私たちのケースに当てはめてみると、発見された巨石は過去の文明のひとつが為し得たことの遺物です。私たちがネアンデルタール人や打製石器文化、磨製石器文化として知っているものは、その文明の崩壊期であり、そのサイクルの最底辺にあたります。同じことは私たちにも起こるのです。別の言い方をすれば、人類の発展に恒常的な前進というものはなく、あるのは文明の繁栄と没落のサイクルなのです。」

    人類には、まだまだ数多くの発見が待ち構えていることは間違いない・・・

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    科学, ロシア
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