子ども虐待:甘やかしを恐れる日本、実態の見えないロシア

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日露の社会問題を比較するシリーズ、今回は家庭における子どもへの虐待にスポットをあてる。虐待の件数や実情、虐待を減らすための日本とロシアのアプローチについて考察してみよう。

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日本の厚生労働省のまとめでは、児童相談所が2016年度に対応した児童虐待の件数は12万2578件で、前年度より1万9292件増えていた。種類別の最多項目は面前DVを含む「心理的虐待」で、6万3187件(全体の51.5%)だった。今まで「虐待」として認識されていなかったものが、警察からの通告で明らかになり、虐待件数が増えた(ように見える)のである。
NPO「児童虐待防止全国ネットワーク」理事長で、駿河台大学学長でもある吉田恒雄氏は、「日本では子育てが難しくなっている」と話す。

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吉田氏「厚労省のデータはあくまでも虐待として対応した件数なので、実際に虐待件数が増えているのかどうかは、誰も正確に答えることはできません。ただ、子育て環境が厳しい、思うように子どもをあずけられない、子どもと触れ合う経験がない、育児不安、孤立感など、虐待が増えていく『要因』には厳しいものがあります」

虐待で逮捕された親は、「しつけのつもりだった」というコメントをすることが多い。つまり日本人の心の奥底には「暴力もやむを得ない」という意識があるのではないだろうか。「愛のムチ」という表現が示すとおり、叩かれたことによって目が覚めた、という経験をもつ(と思っている)人は一定数いる。叩くことは良くないが、それによって子どもが改心してくれるのであれば、暴力を肯定するという考え方だ。

ロシアの心理学者で、日本に住む多くの日露カップル(その多くは夫が日本人で妻がロシア人)の相談にのってきたナタリア・マズロワさんは、しつけと愛情の文化的な相違について次のように話している。

マズロワさん「日本で虐待件数が増えているというのは、実際の暴力ではなくて、子どもに対する、厳しくて冷淡な関係が数字に表れているのではないでしょうか。日本でよく見た光景としては、ロシア人の母親は、子どもが転んだら、すぐ駆け寄って抱きしめたり、怪我がないか見たりしていました。日本人の母親はそんな風に取り乱したりしないで、落ち着いた声で、その子が一人で起き上がれるように話しかけます。それで最初は泣いていた子ども自身もだんだん落ち着きを取り戻して、立ち上がります。このように日本人のふるまいは、ロシア人のように感情的でなくて、抑制されたものです」

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マズロワさんの言葉を借りるなら、甘やかさないで育てなければ、という日本人風の「抑制」の行き過ぎで、しつけのために暴力という手段をとってしまうのかもしれない。しかし吉田氏は、「暴力に頼らずとも子育てできる。その具体的な方法を広めていくことが大事だ」と話す。

吉田氏「叩いてしまうと、親自身も自己嫌悪になってしまいます。叩かなくても子育てはできますし、その方法を知り、学ぶ機会を作っていくことで状況は変わるでしょう。例えば子どもに注意をするとき『しっかりしなきゃ駄目』とか『ぐずぐずしないで』という抽象的な言葉を使うと、子どもは理解できません。また、暴力は明らかに子どもに悪影響を及ぼします。脳の形が変わったり人格に偏りが出たりということは、脳科学で証明されています。暴力はそれだけ怖いことなのです。そういった情報や、正しい叱り方のノウハウを皆で共有することで、虐待による事故はなくなるのではないでしょうか」

さて、ロシアには日本のような「虐待として対応された件数」の公式記録がない。民間発表の数字はかなりアバウトで、出所のはっきりしない情報や、データ自体の食い違いも多い。それでも一応例を挙げてみると、ニュースサイト「ロシアの惑星」は2013年5月、「78パーセントの子どもが虐待を受けている」と、ショッキングな数字を発表した。これは社会学者のタチアナ・マスロワ氏とマリア・スマギナ氏が、「子どもに与える罰」を調査する過程で明らかになったものだ。イルクーツク・ペトロザボーツク・ヴォルゴグラードの3都市で聞き取り調査を行なった結果、身体的・心理的・性的虐待などをいずれも経験したことのない子どもは、22パーセントにとどまったという。

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虐待対応件数の公式記録が存在しないことについて批判する声もあるが、マスロワ、スマギナ両氏が「虐待という概念は西側諸国から来たもの」と指摘しているように、ロシアではまだ「何が虐待にあたるのか」の答えが統一でないため、数値化することができないと思われる。日本語の「愛のムチ」に似た言葉として、ロシア語にも「叩く、ということは愛している」「ムチは惜しむな」という慣用表現がある。例えばお尻や頭を叩く、ベルトで打つ、暗闇に閉じ込める、食事を抜くといったようなことは、日常的なレベルで行なわれている。「大人になったら、私にありがとうと言うよ」という表現もあり、その言葉が大義名分になっている。

こうしたロシア社会の無感覚に警鐘を鳴らす人もいる。大統領府付属「市民社会発展・人権評議会」の会員、アニータ・ソーボレワ氏は、2014年にスプートニクのインタビューで「現在のロシアでは家庭内の問題に十分な注意が払われていません。警察は、タイムリーに反応することを怖がっています。『家庭に悪のレッテルを貼るのはやめて、家族の問題は家族内で解決させよう』という傾向が広がっているのは、おかしなことです」と批判した。裏を返せば、「誰が見ても犯罪」というレベルにまで発展しなければ、適切なタイミングで対応してもらえないということである。

そんなロシアだが、全く何も取り組みがなされていないわけではない。2008年、大統領の命により、「子ども支援財団」ができた。財団は地方都市に子ども支援機関を増やす(現在、240か所ある)とともに、子どもが自ら助けを求められるよう2010年に自治体と共同で「信頼の電話」を開設し、浸透させようとしている。今年だけで、9月までに7千件の虐待被害に関する電話相談が寄せられたという。

ロシアの隣国フィンランドは全く異なる環境であるため、フィンランドで「ロシア風」の子育てをしていたら子どもが施設に入れられてしまった、というロシア人夫妻のケースは珍しくない。日本でもロシアでも、市民の意識レベルで「虐待」の概念を共有するには、まだ少し時間がかかりそうだ。

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