13:30 2019年05月26日
相撲(アーカイブ)

土俵に女性 大事なのは命か伝統か

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リュドミラ サーキャン
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土俵への女性の立ち入りを厳しく禁じる相撲の規則に準じた行為がジェンダー差別を問う激しい議論を呼び起こしてしまった。

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問題となっている事件は舞鶴市で行われた大相撲春巡業で起きた。土俵に上がった地元の多々見 良三市長が意識を失くして倒れた際に、これを助けようとして女人禁制の土俵にひとりの女性が駆け上がった。相撲の伝統では女性は土俵に上がってはならず、これを知らぬ者はいない。だが突然意識を失くした市長にこの女性は救急治療を施そうと土俵へ駆け上った。女性が心臓マッサージを始めると、これに続いてさらに2人の女性が土俵へ上がり、茫然と市長を囲む男性を押しのけて治療を開始した。この時、場内には女性らに対して、土俵から降りるよう促すアナウンスが数度にわたって流された。女性に土俵から降りることを要求する場内アナウンスは2度行われ、3度目には土俵にいる全員に対して降りるよう指示がなされた。

人間の生死が問われた場面で行司側が土俵から女性を下ろすことに注意を向けた事実は世論に激しい議論を呼んだ。このため相撲協会は謝罪を余儀なくされた。日本相撲協会の八角理事長は「とっさの応急処置をしてくださった女性の方々に深く感謝申し上げます。行司が動転して呼びかけたものでしたが、人命にかかわる状況には不適切な対応でした。深くおわび申し上げます」という談話を発表した。(読売新聞)

ロシア人力士として有名な、モスクワ相撲連盟のイーゴリ・クリンノイ氏はこの状況を次のようにみている。

「この事件を西側の価値観で図ってコメントするのは難しい。なぜなら日本には異なる物差しがあり、生死に対して、名誉に対しての考えも異なるからだ。

確かに相撲では土俵に女性が上がることがタブーとされている。私が日本にいたときに、試合の最中に小さな女の子が土俵に走り出てしまったことがあった。試合は中断され、清めの儀式が行われたことを覚えている。観客席に女性が入ることが許されたのも1980年代とつい最近のことだ。

日本の相撲部屋は私もしばらくの期間お世話になったが、ここは独自の決まりと儀式に満ちた独特の世界で一般の人にはとても説明のきくものではない。だがある先生が私に語ってくれたところによれば、現代、多くの文化伝統が押し流され、外界からの強い影響を受けてしまっている日本では天皇家と相撲だけが儀式的なカテゴリーに残存している。このことから私は日本の相撲界の代表者や彼らが伝統を変わらず保存していこうと必死に頑張っていることがよくわかるのだ。

それでも彼らでさえも妥協に出ざるをえない。例えばそうした妥協を要されたひとつの例に相撲の国際化がある。1964年、土俵に初の米国人力士が上がった。国際相撲連盟が設立された時も日本は妥協を迫られたし、女性相撲を認めるときもそうだった。だが本国の日本では相撲は伝統を守ろうと必死だ。

私は今回の件に関しては次のような見方をしている。日本人の方が状況はわかりやすいだろう。もし相撲協会が謝罪をしたならば、これは世論との調整を図ってのことだと思う。危機的な状況では例外もあり得るといえるかもしれない。だが、市長を助けようと走り出た女性が市長の容態を改善できたのかどうかはわからない。なぜなら彼女も市長にどうしていいかはわからなかったからだ。」

舞鶴市の発表では多々見市長の容態は術後、安定している。

相撲の歴史は千5百年を超える。1992年に設立された国際相撲連盟には84か国が加盟している。

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