03:56 2018年12月17日
李相日氏の作品『怒り』

日本の映画監督の李相日氏がモスクワで『怒り』を紹介

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リュドミラ サーキャン
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モスクワの第52回日本映画祭で最も不思議なゲストの一人となったのが李相日氏である。彼は朝鮮系の日本人映画監督だ。彼がロシアを訪れたのはこれが初めてで、ロシアの観客も彼の作品『怒り』を見るのは初めてだった。この映画は渡辺謙が主役のサンスペンス映画である。ロシアの観客にとって李相日氏が不思議な存在だったのは、ロシアでは日本の若い映画がほとんど知られていないからである。しかも民族的に日本人ではない監督の作品を見ることに好奇心をかき立てられた。

スプートニク日本

スプートニクの記者は、モスクワ滞在の短い空き時間に李さんから話を聞いた。

スプートニク:日本映画際の開会式で李さんの映画『怒り』が上映されています。この映画の中には、監督である李さんから観客に対するメッセージが何か潜んでいますか。

李さん:メッセージというよりも、自分が感じていることで映画を作っています。そういう意味だと、人間同士は、もともとは知らない人同士ですよね、家族以外は。知らない人間同士が知り合って、家族になったりしますけど、最初は誰も知らない人同士です。その知らない人間同士が関係を築いていく。そこに必要なのは信頼だったりすると思うんですけど、人を信頼するということが、今はすごく難しい。信頼することで自分が傷つくかもしれないし、自分が大切なものを守りたいときに人を信頼することができないかもしれないし、信頼するということは難しい。必要なんだけれども難しいということを私が感じているので、そういう映画を作りました。

スプートニク:李さんは日本の映画の新世代です。その主要な傾向は何ですか。そして、一般の日本人及び若者の好みは何ですか。

李さん: わり切れなさ、みたいなことです。例えば、正義と悪があります。古典的な物語なら、正義と悪がはっきり分かれるということもできたのですが、今は、正義、善と悪がわりきれない。善の中に悪があるし、悪の中にも善があって、グレーな世界というか。一人ひとりの個人でも、例えば、僕が作った『悪人』では、悪人の中にも善がある。そういうわり切れなさみたいなもの、あやふやさというか、そういうものにやっぱり自分は興味があるのだと思います。

モスクワにあるトレチャコフ美術館
© Sputnik / モスクワにあるトレチャコフ美術館
スプートニク:李さんが特に尊敬する監督はいますか。

李さん:亡くなった監督というと、やっぱり今村昌平監督と、ロシアでも有名だと思いますが、黒澤 明さんです。特に、今村さんは尊敬していますね。

スプートニク:ロシアの映画をご存知ですか。

 

李さん: 古いものでは、本当に常識的なものですが、タルコフスキーは見ていて、間はあまり見てなくて、最近だと、ズビャギンツェフさんの作品が好きで見ています。

スプートニク:李さんはもとから監督になりたかったのですか。

李さん:監督になりたいと思ったことはあまりなくて、どうやったら映画監督になれるのか分からないから、なりたいと思ったことはあまりなかったですね。今村監督が作った学校があるんですよ。映画学校が。そこに行ったんですよ。そこで初めて学生の時に授業で映画を作って、もちろん失敗作もたくさん作るんですけど、作ることで初めて、また作りたいというふうに思い始める。それまでは映画監督なりたいと思ったことはないですね。

スプートニク:映画監督になるためにはどんな性質、どんな性格でなければなりませんか。

李さん:それはそれぞれ違っていいというか、必要なのは自分の欲求、欲望、自分が何をしたいか、何を見たいかということをはっきり理解することが大事だと思っています。人に何かを伝えるためには、自分のことが分からないと何も言えないので。

スプートニク:画家や作家は自分の作品を子どものように感じ、全ての作品が好きなのだそうですが、李さんは自分の映画の中で好きなものはありますか。

李さん:そうですね、僕はまだ本数が少なくて、7本ぐらいしかないので。次を好きなりたいですね。まだ見ていないもの。人間同士もまだ出会っていない人に出会いたいのと一緒で。まだ生まれていない子どもを可愛がりたいですね。

スプートニク:最後の質問ですが、我々は朝鮮統一(南北統一)という大きな歴史的出来事を目撃するかもしれません。朝鮮人三世としてこうしたことに関心はありますか。

李さん:無関心ということはないです。ものすごく強い関心を持っているかというと、そこまでではないですけど、頭で考える関心とはちょっと別で、例えば、ちょっと前に韓国の大統領と金正恩(キム・ジョンウン)が会って、38度線を越えて握手して、そういう場面を見ると色々事情があるんだろうなと思いながらも、やっぱり何か頭とは別で、こう感情に訴えてくるものはありましたね。それは逆に自分で驚くというか、自分がああいう様子を見て、何か感激する心があるんだなというのはそういうときに分かります。

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文化, 映画, 日本, ロシア
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