04:01 2019年06月26日

「ロシアの声」から「スプートニク」まで すべてはラジオから始まった

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5月7日、ロシアでは「ラジオの日」が祝われている。この日は1895年5月7日にロシアの物理学者アレクサンドル・ポポフがサンクトペテルブルク大学で無線通信の初の公開実験を行ったことにちなんでいる。なお「ラジオの日」は、ラジオが発明されてから50周年を記念した1945年に制定された。

スプートニク日本

テレビやパソコンが出現する前の時代、ラジオは最もアクセスしやすい情報源、教育の機会、そして娯楽だった。私たちの「情報ブーム」の時代、ラジオには多くの競合相手がいるが、それでもラジオは私たちの生活から消えなかった。

通信社「スプートニク」の前身はラジオ局「ロシアの声」。「ロシアの声」が設立されたのは1929年10月29日。当時は「モスクワ放送」と呼ばれており、最初に放送された言語はドイツ語だった。アーカイブ資料によると、1920年代、ソ連はまだ世界革命論を放棄しておらず、その過程でラジオ放送に特別な役割が与えられた。その時代、まさにドイツでは労働運動が発展しており、ラジオの普及率が他の欧州諸国と比べて比較的高いレベルにあった。

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ラジオ局「ロシアの声」

第二次世界大戦が勃発するまでに、モスクワからすでに13言語で放送が行われていた。そして1942年4月14日、モスクワからの日本語放送が始まった。当時、ドイツでも日本でも外国のラジオ放送を聴くことが禁止されていた。だが両国の情報機関は、前線からのニュースを伝えていた「モスクワ放送」のニュースを聴いていた。日本語放送の課題の1つは、同盟を結んでいたドイツを手助けし、ソ連を攻撃するという誘惑から日本の指導部を守ることだった。

30分の番組から始まった日本語放送は、戦後、1日の放送時間が5時間まで拡大したが、その後、2時間までに短縮された。日本のリスナーたちの間では、「文化の世界」、「お答えします」、「お便りスパシーバ」などの番組が最も人気があった。日本語課に届くリスナーからのお便りの数は、長年にわたって英語課とドイツ語課に続いて3番目に多かった。また「ロシアの声」のリスナーズクラブも発足した。

2013年、ロシア国営ラジオ局「ロシアの声」を基盤に国際情報通信社「ロシア・セヴォードニャ」が設立され、その中に「スプートニク」も含まれている。「スプートニク」は現在、22言語で放送を続けており、サイトのほかアナログ放送とデジタル放送、モバイルアプリやSNSでも情報を伝えている。なお現在「スプートニク日本」はラジオ放送を行っていない。設立当時、リスナーが少ししかいなかったからだ。だが日本語課には、スプートニク日本語サイトの読者となった元リスナーたちから今もお便りが届いており、読者の皆さんからの質問に答える「スプートニクQ&A」というコーナーがある。

ロシアで祝われている「ラジオの日」とは異なり、「世界ラジオの日(World Radio Day)」はまだ若く、初めて祝われたのは2012年2月13日。1946年2月13日に「国連ラジオ」の放送が始まったことにちなんでいる。皆さんはラジオを聴きますか?お好きな放送局はどこですか?

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