19:52 2019年06月25日

日本人がロシアの古典作品に新しい息吹を与える:劇団「地点」の三浦基さん、露劇場のため「罪と罰」の演出に着手

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徳山 あすか
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京都に拠点を置く劇団「地点」の演出家・三浦基さんが、ロシア・サンクトペテルブルクの国立ボリショイ・ドラマ劇場で、同劇場のレパートリー作品としてドストエフスキーの「罪と罰」を制作することが明らかになった。来月、ボリショイ・ドラマ劇場で俳優のキャスティングを行い、一年の準備期間を経て2020年6月に初演される。

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これまで、演出作品がロシアの国立劇場のレパートリーになった日本人は、鈴木忠志さん(劇団SCOT主宰)だけだった。2004年にモスクワ芸術座で鈴木さんが演出したシェイクスピアの「リア王」は評判となり、鈴木さんはロシアの権威ある「スタニスラフスキー賞」を受賞している。市民の間に劇場文化が根付き、国を挙げて演出家や俳優を養成しているロシアにおいて、外国人が演出家として招かれるのは大変な名誉だとみなされている。

三浦さんが初めてロシアを訪れたのは学生時代の1989年、モスクワ芸術座で研修を受けた。その後はパリでの修行などを経て、京都に拠点を移し「地点」での活動を本格化。「地点」はチェーホフやシェイクスピアを中心にした古典から現代劇作家の作品まで、様々なジャンルの創作に取り組んできた。

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舞台「三人姉妹」

ロシアでは、2011年モスクワのメイエルホリド・センターでの初公演を皮切りに、毎年のように各地で公演を行なっている。三浦さんにとってロシアは、他のヨーロッパの国と比べて、最も「性に合う」国だと言う。

三浦さん「ロシア初公演ではチェーホフの作品『ワーニャ伯父さん/桜の園』を上演したのですが、観客の反応が素晴らしかったです。初めてロシアに来た気がせず、なんだか昔から知っているような親しみを感じました。それ以降もロシアの色々な劇場で舞台をやるたびに、非常に懐かしい人たちと出会っている、という気持ちになりました。」

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舞台「ワーニャ伯父さん」

三浦さんが温かく迎えられているのは、ロシアで定番とみなされ、もうこれ以上解釈のしようがないとされている古典作品に、全く新しい世界観を与えたからだ。ロシアの批評家らは三浦さんの手法を「極めて異例で意外性に富み、独創的」「感情の面でも知性の面でも非常に強い印象」と評している。

三浦さん「ロシアの観客はもう、オーソドックスなチェーホフには飽き飽きしているわけです。しかし『地点』のロシア公演では、僕たちの新しい表現への挑戦と、観客の『こういう解釈があったんだ』という新発見とが、うまく相互作用し、その中で感動が生まれたのだと思います。ロシアではシェイクスピア作品も上演しました。最初は、『チェーホフじゃないけど大丈夫かな?』と思いましたが、全くその心配はありませんでした。チェーホフに限らず、僕の演出が、ある種の受け入れられ方をしている、という実感はあります。でもやはり、そもそもはチェーホフのおかげです。チェーホフ作品で新しい表現が受け入れられたことで、他の作品でも僕の演出を受けとめてもらえるようになったのかな、と思っています。」

ボリショイ・ドラマ劇場とは、2015年にアンドレイ・マグーチー芸術監督が来日したことで交流がスタート。「地点」の「ミステリヤ・ブッフ」と「桜の園」を鑑賞したマグーチー監督は、三浦さんとすっかり意気投合。その後、ボリショイ・ドラマ劇場で「地点」が客演したり、三浦さんが講師となり若手演出家のためのマスタークラスを行なうなど、親交を深めてきた。その流れが、今回のオファーにつながった。

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三浦さんとマスタークラスの受講者

ドストエフスキーの「罪と罰」といえば、ロシアでは誰もが知っているが、これを提案したのは、ボリショイ・ドラマ劇場側だ。定番中の定番を、あえて日本人に手がけさせることにしたのである。

三浦さん「『罪と罰』はどうですか、と提案された時、そう来るか、と思いましたね。ドストエフスキーはチェーホフと並んで、ロシアで特に親しまれている作家であり、小説の舞台は劇場のある地元・サンクトペテルブルクです。つまりは一番目玉になるものを持ってきたということです。これにはプレッシャーも感じましたし、劇場としての戦略も感じました。むしろロシア人の演出家には、このタイミングで『罪と罰』の依頼はしないでしょう。この『ど真ん中』の依頼に対しては、古典的なものに新しい息吹を与える使命を課せられたのだなと思って、勇気をもって正面突破しよう、という気持ちです。」

三浦さんの演出の最大の特色は、テキストの最も重要な部分を抽出し、再構成・コラージュすることで、独自の表現世界を作り出していることだ。その世界の土台となる台本は、紙の上ではなく、実際の稽古を重ねる中で、演出家と俳優の共同作業で生み出されていく。もちろんこれは、非常に珍しい手法である。俳優が日本語でなくロシア語で演じても、この根底に流れる考え方が変わることはない。

三浦さん「僕の場合はテキストを再構成し、ほとんどの作品の演出をしてきています。『罪と罰』をセリフ化するにあたっても、一般的な理屈ではなかなか通らないような文章の組み立てになり、文節の構成もユニークなものになるでしょう。日本語でなくロシア語で演じても、この考え方は伝わるだろうと期待しています。僕の演出の場合、リアリズム演劇の作り方とは視点が異なるので、まずはその考え方を俳優陣に理解してもらうことが最初の仕事になるでしょう。」

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舞台「悪霊」

これまでボリショイ・ドラマ劇場では何度も客演してきたが、劇場所属の俳優たちと舞台を作る、という意味では初仕事になる。

三浦さん「一般的に言えば、ロシアの俳優はリアリズムの演技が非常に上手く技術力が高いのですが、僕の演出で、彼らがその部分をどういうふうに封印したり料理したりするか、ということが重要になっていくと思います。しかし彼らはリアリズムの信奉者ではないと思いますし、色々な演技スタイルに慣れ、様々なスタイルやルーツをもっている俳優が多い印象があるので、僕にも独自のスタイルが期待されているのだと思います。」

「罪と罰」は長編小説で、そもそも戯曲ではないため、まずはホームの「地点」の俳優と核になるようなテキスト構成を行ない、来年2月から3月にかけて日本で上演する。しかしそれをそのままロシアに「移植」するわけではなく、更に創作を続け、発展させていく。

この一年、三浦さんはロシア浸けの毎日を送ることになりそうだ。今月27日から、KAAT神奈川芸術劇場と「地点」が共同制作した「シベリアへ!シベリアへ!シベリアへ!」が開幕する。この特徴的なタイトルはチェーホフの「三人姉妹」に出てくるセリフ「モスクワへ!モスクワへ!モスクワへ!」をもじったもの。1890年、チェーホフは周囲の反対を押し切り、辺境の地・シベリアを横断して流刑地だったサハリンまでの旅を決行する。彼が旅の途中で記したユーモアあふれる手記が、劇のモチーフになっている。

また、「罪と罰」キャスティングのためのロシア渡航にあわせ、ボリショイ・ドラマ劇場では6月12日から13日にかけて、「地点」が「ワーニャ伯父さん」の客演を行なう。チケットはすでに公式サイトで完売になっている。7月から8月にかけては神奈川および京都で「三人姉妹」「ワーニャ伯父さん」が上演される。(詳細は公演予定を参照)

大仕事を前にした三浦さんは、スプートニクに今の心境を語ってくれた。

三浦さん「ほぼ毎年行っているロシア公演と、ロシアの演劇人とのお付き合いはとても楽しく、僕のライフワークであると言えます。そういったこれまでの活動が結実して、レパートリーの演出依頼が来たこと自体はとても名誉で、幸福なことだと思っています。ただ、今回の『罪と罰』の演出は、ひとつの通過点です。これを機にもっとロシアでも活躍したいですね。もちろん、それが実現するように、素晴らしい作品を作らなければ、というプレッシャーも感じ始めています。」

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文学, 露日関係, 文化, 日本, ロシア
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