23:14 2019年11月15日
聖ニコライ像

トヴェリ州日帰り体験記:聖ニコライの生誕地で記念像除幕式、日本風の村祭りも開催

© 写真 : Asuka Tokuyama
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10日、筆者はモスクワから300キロ離れた、トヴェリ州オレニンスキー地区のミールヌイ村へ行ってきた。聖ニコライ像の除幕式に参加するためだ。聖ニコライは1861年に来日し、1912年に日本で永眠するまで、半世紀にわたって日本に正教を伝えてきた。彼の出身地である現在のトヴェリ州には、聖ニコライの名を冠した美しい教会があり、像はその敷地内に建てられた。天候にも恵まれ、素晴らしい一日となった。

同行したのは、日本人形を展示するギャラリーのオーナー、折り紙名人、合気道選手、日本の昔話をメインに上演する人形劇場「エトノスカスキ」のアーティストなど、日本文化に造詣の深い人々だ。モスクワからマイクロバスで走り続けること約4時間。人口1000人少しの村には少々不釣合いなほど、立派な教会が見えてきた。

© 写真 : Alexander Dvoriankin
聖ニコライ教会と聖ニコライ像

聖ニコライ教会は木造で、内部は桜の造花で飾られている。おごそかと言うよりは、くつろげる雰囲気だ。他のロシア正教の教会に比べると日本らしさが随所に感じられる。この教会は、三点の聖ニコライのイコンを所有している。筆者ら一行が到着したときには、聖ニコライに捧げる感謝の祈祷(モレーベン)が始まろうとしているところだった。

聖ニコライ教会の内部
© 写真 : Alexander Dvoriankin
聖ニコライ教会の内部

今回の旅の発案者は、日本文化に詳しい東洋歴史学者のナタリア・エロフェーエワさん。エロフェーエワさんは、日本への正教会伝道に生涯を捧げた聖ニコライの足跡を追い、日露友好につなげるプロジェクト「聖ニコライの道:白樺から桜へ」のプロジェクト・リーダーだ。2017年にはこのプロジェクトの枠内で、聖ニコライ教会の敷地に桜が植樹された

除幕式にはアドリアン主教、オレニンスキー地区のオレグ・ドゥボフ地区長、聖ニコライ教会のアルテーミー・ルブリョフ長司祭、彫刻家のアンドレイ・スミルノフさんらが参加し、在ロシア日本国大使館・広報文化部長の山本敏生公使に墨絵が贈呈された。スミルノフさんはモスクワ出身だが、インスピレーションを与えてくれる自然の中で自分の工房を持ちたいという理由から移住した。地元の環境保護団体「地域の守護者」のメンバーの協力を得て、半年かかって聖ニコライ像を作り上げた。予算の都合上、今のところは石膏像だが、寄付金が集まったら、銅像を作る計画だ。

プレゼントを受け取る山本敏生公使
© 写真 : Alexander Dvoriankin
プレゼントを受け取る山本敏生公使

隣国ベラルーシの首都ミンスクにも、聖ニコライ教会がある。この日の除幕式のために、ミンスクから20人もの人たちが連れ立ってやって来た。在ミンスク聖ニコライ教会のパーヴェル・セルヂューク長司祭は「みんな、聖ニコライ生誕の地に行ってみたいと、ずっと願っていました。最初のロシア帝国の日本領事となったヨシフ・ゴシケーヴィチは、ベラルーシ人です。彼は聖職者の家に生まれ、ミンスクとサンクトペテルブルクで神学校を卒業し、中国語も日本語も堪能でした。ゴシケーヴィチがロシア正教会に、日本へ宣教師を派遣してくれるよう頼んだことから、全ては始まったのです」と話す。

ミンスクから来た人々。おそろいのスカーフとTシャツで村祭りを盛り上げる
© 写真 : Alexander Dvoriankin
ミンスクから来た人々。おそろいのスカーフとTシャツでお祭りを盛り上げる。

除幕式は、年に一度のミールヌイ村の村祭りにあわせて行なわれた。出店が立ち並び、伝統的なロシア料理の試食会や、民芸品の展示が行われ、ステージではコンサートが開かれた。こけしの色づけ体験や、着物や浴衣での写真撮影、合気道体験など、村の人たちはそれぞれの時間を楽しんだ。なんと、こんな小さな村にもコスプレイヤーがいた。彼女たちは日本アニメのファンだという。

  • 村祭りの子どもたち
    村祭りの子どもたち
    © 写真 : Alexander Dvoriankin
  • こけし作りに挑戦
    こけし作りに挑戦
    © 写真 : Alexander Dvoriankin
  • 合気道のマスタークラス
    合気道のマスタークラス
    © 写真 : Alexander Dvoriankin
  • 折り紙のマスタークラス
    折り紙のマスタークラス
    © 写真 : Alexander Dvoriankin
  • 日本の昔話を題材にした人形劇
    日本の昔話を題材にした人形劇
    © 写真 : Alexander Dvoriankin
  • 村祭りにはコスプレイヤーの姿も
    村祭りにはコスプレイヤーの姿も
    © 写真 : Alexander Dvoriankin
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© 写真 : Alexander Dvoriankin
村祭りの子どもたち

記事のタイトルを「聖ニコライの生誕地」としたが、正確に言うと、聖ニコライが生まれ育ったのはミールヌイ村ではなく、隣村のべリョーザ村(白樺村)である。しかし現在のべリョーザ村には定住している人はおらず、ところどころに夏の別荘「ダーチャ」があるだけだ。聖ニコライ教会建設にあたっても、どちらの村に建てるか論争があったが、定期的に通う信徒がいなければ意味がない、ということでミールヌイ村に落ち着いた。ちなみに、ミールヌイ村はコルホーズ村として開拓されたため、聖ニコライがべリョーザ村にいた当時は、まだミールヌイ村は存在していなかった。

ミールヌイ村を後にした筆者ら一行は、でこぼこ道をマイクロバスでべリョーザ村に移動した。村と言っても、どこまでも野原が広がっているだけだ。ソ連時代の宗教弾圧によって、教会も家も破壊されてしまったのである。かつて聖ニコライの家があった場所には、聖ニコライの両親の墓がある。少し離れた見晴らしの良い高台には、鉄製の十字架がある。

べリョーザ村の十字架とともに
© 写真 : Alexander Dvoriankin
べリョーザ村の十字架とともに

プロジェクト「聖ニコライの道:白樺から桜へ」は今後も続いていく。エロフェーエワさんやアルテーミー神父は、遠くない将来に、聖ニコライの功績を紹介するための博物館を建てたいと望んでいる。

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正教, 文化, 宗教, ロシア
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