09:24 2019年12月12日
河瀨直美監督

河瀨直美監督インタビュー:日本人とロシア人に共通する精神性とは?映画を撮るのに一番大事なものは?

© 写真 : Asuka Tokuyama
ルポルタージュ
短縮 URL
筆者 :
0 72
でフォローする

11月8日、国際交流基金モスクワ日本文化センター、モスクワ映画、雑誌「映画芸術」が開催した映画特集にあわせてモスクワを訪問した河瀨直美監督は、スプートニクのインタビューに応じた。河瀨監督のロシア訪問は3回目。ロシアの衝撃的な思い出や、日露合作映画の可能性、来年公開の新作などについて話を聞いた。河瀨監督はインタビューの中で、伝統を重んじ、自然とともに生きる日本人とロシア人の精神性には、共通するものがあると指摘した。


衝撃だった初ロシア:貧しい暮らしと町のスケールのギャップ

河瀨監督の名前は、1997年のカンヌ国際映画祭におけるカメラ・ドール(新人監督賞)の受賞で一躍有名になった。その後も2007年には「殯(もがり)の森」でグランプリに輝き、2017年には「光」がエキュメニカル審査員賞を受賞するなど、カンヌで伝統的に高く評価されてきた。しかし意外にも、河瀨監督が人生で初めて行った外国は、フランスではなくロシアだった。1994年製作のドキュメンタリー映画「かたつもり」が、サンクトペテルブルク国際映画祭で上映されたのである。

河瀨監督は当時の印象を「地下鉄はとても深く、シェルターを兼ねていると聞かされたときの衝撃はすごかったです。この人たちは本当に核戦争が起こると思っているんだな、とカルチャーショックを受けました。人々の生活の苦しみと、目に見えているものの差が大きすぎた」と振り返る。

エルミタージュ美術館の豪華絢爛なコレクションや広大な宮殿広場が迫力をもって旅行者を迎える一方、市民はインフレに苦しんでおり、海外旅行など夢のまた夢だった。河瀨監督のガイドをつとめた現地の若者は、「日本にいつか来てね」と言う監督に対し、「私たちが日本に行ける時代が来るとは、とても思えません」と答えていたほどだった。

ロシアとの縁はそれで途切れたわけではなく、2014年にはウラジオストク国際映画祭で「二つ目の窓」がグランプリを獲得。奄美大島を舞台に16歳の少年少女が生と死に直面する同作は、サハリン国際映画祭でも吉永淳が主演女優賞を獲得している。一体何が、ロシア人の心に響いたのか?浮かんできたのは「自然」というキーワードだった。

河瀨監督「森で時間をすごしたり、とても寒い日に、一筋の光が入ってきたときの喜びを感じたりと、ロシアの人たちのアイデンティティの一つに『自然』があるのかなと思っています。ロシアにも、目に見えないものを大切にする文化があると感じます。(自身がエグゼクティブディレクターをつとめる)なら国際映画祭で、アフリカの映画を招聘したことがあり、自然信仰が残るアフリカは、日本とも近いものがあると思っていました。ロシアにも、それに似たところがあると思います。」


日本人とロシア人の根底に流れる精神性

スプートニクは、日露合作映画の可能性について、特に最近、日本人とロシア人の活躍がめざましいフィギュアスケートを映画にするつもりはないか聞いてみた。河瀨監督は、特定のスポーツを取り上げるよりも、日本人とロシア人の根底に共通して流れるものを描くことに興味があるという。

「日本とロシアの、伝統的なものの中にある精神性というのは、なんだか似ているような気がします。ロシアにおいて、オペラやバレエなど歴史ある芸術は世界のトップクラスです。そういったアーティストの中には、日本の武道家とも共通する精神性、人間性が、伝統としてしっかり息づいているのではないでしょうか。日本は、伝統を継承してそれを世界レベルに発展させている一方、欧米の影響を強く受けて、新しいものが生まれにくい、独自のものが発展しづらい、という状態になっています。その点ではロシアもそうだと思います。」

「また、日本人のように、ロシア人も、顔に出しすぎない、多くを語らずに気持ちを中に秘めている感じが似ていると思います。フィギュアならフィギュアでもいいのですが、あるスポーツを描くというよりは、それを通して、そこに存在している精神性を描くことができたら面白いかもしれません。」

Посмотреть эту публикацию в Instagram

Публикация от Naomi Kawase (@naomi.kawase)


生きるための欲求はどこへ?本来持っているものを感じなくなってしまった人間

現在、河瀨監督はパリで2020年公開の新作「朝が来る」の編集作業にあたっている。「朝が来る」は、辻村深月の小説が原作。長い不妊治療を経ても子どもが授からず、特別養子縁組で息子を迎えた夫婦と、若すぎたためにわが子を手放した生みの母親の心理状態が丹念に描かれている。

河瀨監督はこれまでにも、生きること、命の誕生について考えさせる作品を多数製作してきた。2007年公開のドキュメンタリー「垂乳女」では自身の妊娠・出産を通して引きつがれていく命を描き、2010年公開のドキュメンタリー「玄牝」(げんぴん)では、愛知県岡崎市にある吉村医院で、自然分娩に臨む女性たちの姿をカメラに捉えた。

ロシアは不妊治療の先進国で、精子バンクもあれば、商業ベースでの代理母出産も許可されており、日本や欧米からわざわざ治療を受けに来る人も多い。「不妊治療が高度化しているが、どこまで許されると思うか?」との問いに対し河瀨監督は、生殖医療の技術を高めるよりも、人間が本来持っている、動物的な、生きることへの欲求に立ち返ることのほうが重要だと話している。

「不妊治療の末に、子どもが元気に生まれてくれば医療の役目はいったん終わりですけれど、そのあとどういう風に育っていくか、その子が80歳になったらどうなるのか、データがあるわけではないし、小学校に上がる頃に発覚するような病気も増えてきています。今は教室に入れない子、ストレスに弱い子も多く、人間そのものが弱くなっていると感じています。これが生殖医療に関係しているのかどうか、もちろんはっきりとは言えませんし、私が感じているだけなんですけど、『何かをコントロールしている』ということのひずみが出てくるのではないかと思っています。女性も生理の周期によってセックスしたくなる時期が必ずあるはずですが、今はそういうことを全く感じなくなり、知識ばかり増え、動物的なものがなくなってきています。人間も動物なので、生きるための欲求にもっと立ち戻っていったほうが良いのではないかと思います。」


若いときは、自分を見つめて

河瀨監督のモスクワ訪問にあわせて行なわれたロシアの映画ファンとの対話には、大勢の人がつめかけた。中には、自分自身でも映画を撮っている人や、映画大学で学ぶ学生の姿もあった。

自身が立ち上げた「なら国際映画祭」や、マスタークラスなどを通じて後進の育成にあたっている河瀨監督だが、映画を撮りたいという人に常にアドバイスしているのは、「まず、自分がどうしても撮りたい題材を見つける」ということだ。

「今は情報がたくさんあるので、ネットなどを見て、トレンドを追いかけたりしがちですけど、それは流行でしかないので、ぶれてしまいます。大事なのは自分を持っていること。社会にとってこれが必要なんじゃないか、ということではなくて、自分にとって何が必要か、ということです。それがあれば強くなれます。だから、若いときは本当に深く自分を見つめたほうがいい。それがイコール、他の誰にもない『作家性』になります。自分にしかないもの、自分だけが作れるものを作り続けるということが重要なんだと思います。」

Посмотреть эту публикацию в Instagram

Публикация от Naomi Kawase (@naomi.kawase)

来たる2020年は、河瀨監督にとってさらに忙しい年になりそうだ。昨年10月、東京五輪の公式記録映画監督に就任し、これまでIOCのトーマス・バッハ会長やJOCの山下泰裕会長と、映画のコンセプトについて協議を行ったり、完成間近の国立競技場の内覧をするなど、準備を進めてきた。五輪出場選手が確定次第、撮影が本格始動する。五輪のレガシーとなる公式記録映画は、2021年春に公開予定だ。

タグ
映画, 文化, 日本, ロシア
コメント・ガイドディスカッション
Facebook経由でコメントスプートニク経由でコメント
  • コメント