07:36 2020年02月19日
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2020年東京オリンピック・パラリンピック (130)
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能楽は日本の重要な財産であるのみならず、ユネスコ世界無形文化遺産でもある。これも重要な事実だが、3月から9月にかけて日本で開催される大規模な文化プログラム「東京2020 NIPPONフェスティバル」のなかで「オリンピック能楽祭」が重要イベントのひとつとなる理由は他にも複数ある。ところが逆説的なことに、世論調査によると、多くの日本人、特に若者が能楽やその他の古典芸能を好きでない、あるいは理解できないと考えているのである。日本人自身にとって遠い存在であるものを使って日本の魅力的なイメージを作ることなどできるのだろうか?国立能楽堂で若者能(はじめて観る方のためのやさしいお能)を鑑賞したスプートニク特派員の取材からこの疑問を紐解く。

どうして能楽なのか?日本の魅力を発揮できるものはほかにないのか?アニメはどこにいったのか?

もちろん、ほかにもある。実際、アニメは効果的なソフトパワーの好例だ。しかし、まさに能楽こそが700年の長きにわたって、今私たちが目にしている形で存在し続けてきた類い稀なる日本文化なのであり、日本の重要な文化的DNAなのである。

しかし、理由はこれだけではない。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の古宮正章副事務総長も能楽とオリンピック・パラリンピックの精神的な繋がりについて以前にこう述べている。「能、狂言の底流には平和や多様性、共生という、オリンピック・パラリンピック精神につながるものが入っていると理解しております。ぜひそういう面でも、世界に対して能や狂言の持つ精神を発信していただければと思っています。」

東京2020大会開閉会式チーフ・エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターに他でもない野村萬斎氏、有名な狂言師(能楽)が選ばれたのも偶然ではない。

さらに「オリンピック能楽祭」の開催は決して新しいイニシアチブではなく、1964年の東京オリンピックの伝統を継承したものである。とはいえ、56年前の能楽祭の開催期間が10日間だったのに対し、今回は12日間もある。日本能楽会の粟谷能夫会長は以前、前回の東京オリンピックを振り返りながら、当時は能楽のみならず日本文化全体が衰退していたが、今回もまだ、若者の自らのルーツに対する関心を取り戻すという課題が重要性を失っていないことは残念だとして、次のように述べていた。「実は私も前回のオリンピックで楽屋働きとして参加しました。その当時は西洋文化が押し寄せており、日本文化が下火になっていましたが、オリンピックを機会に日本の文化を再発見しようという機運で、若いお客様がたくさんいました。今回も若い人にアピールしていかなければならないなと思います。」

外国人から見たお能

筆者が能楽とオリンピック・パラリンピックとの繋がりを考えるようになったきっかけは、Japan MICE NAVI の招待で国立能楽堂の「若者能」を見たことである。

「若者能」とは何なのか。公式サイトによると、「若者能」は「初めて観る方のための優しいお能」。「若者」が中心となって、一流の能楽師による「能」の舞台を企画・運営しているそうだ。「若者能」は日本人だけでなく外国人にも能楽を普及させることを目的としているが、決して演目の内容を簡略化したものではない。

では、通常の能に比べて「若者能」が分かりやすいのはなぜなのか。

まず、狂言や能を見るときに観客は携帯アプリLINEを使って、舞台で何が繰り広げられているのかの説明文を日本語と英語で受け取ることができる。次に、各演目が始まる前に若い司会者が出てきて、能が思っているほど怖いものではなく、面白いものでありうる理由を語ってくれる。

とはいえ、実際には気になる点もあった。

まず目についたのは、外国人の観客のLINEでは最初の演目(狂言「蝸牛」)と2つ目の演目(能「小鍛治」)の前に司会者が話したことの95%が受信できていなかったこと。それに加えて、技術的な問題で最初の20~30分間はLINEでの解説は一切なしに舞台が進んだのである。多くの観客は後から問題が解消されたことに気付かないままだったと思われる。

また、狂言は能より分かりやすいにも関わらず、おもしろおかしい演目が終わった後の幕間に外国人に「面白かったか?」と聞いたところ、困惑した様子で、丁寧な笑顔と「難しい」という短いコメントが返ってきたのである。

筆者の感想だが、狂言はとても良かった。というのも、能に比べてリズムがより単純で心地よい。さらに狂言師のセリフも十分に分かりやすい日本語だった。そして、狂言は現代の日本のユーモアに通じるものがあり、本当に笑わされるのだ。しかし、日本語をあまり知らないと、理解するのは決して簡単ではなさそうだ。

能一方で、能を見るのはずっと難しく、頭の中に答えのない疑問がたくさん湧いた。おそらく真面目な能楽の本を読めば、それぞれのストーリーや使われている象徴的なものの意味について詳細な説明があり、それを知った上で見ればずっと意味のあるものになりうるのだろう。どうやら、この知識不足が外国人のみならず、日本人をも困らせているようだ。

実際のところ、能を見る方法に唯一の正解はない。「若者能」の公式サイトでは「豪華で美しい装束が視覚に訴えるもの、囃子や謡のメロディーが聴覚に訴えるものをもとに観ている人が頭の中で作り上げるイメージこそが本当の能舞台」だと説明されている。能楽とは禅を語ったものであり、急速に変化する世界で多くの人々が自分と時間の感覚を見失いがちな中にあっても、一瞬立ち止まって重要なことに意識を集中させる能力というものを語っている。一人でも多くの日本人がこうした視点から自国の遺産の価値を真に自覚するようになれば、世界最強のソフトパワーになるかもしれない。

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日本, 五輪, 文化, 芸術
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