プーチン大統領からもらった友好勲章の返礼
浅井信幸さん、柔道の技と精神を子どもたちに伝授

2月18日、日本の柔道家・浅井信幸さんによる柔道のマスタークラスがモスクワ市の武道センターで開催された。浅井さんは長年ロシアにおける柔道普及に貢献し、その功績はロシアで高く評価されている。浅井さんは昨年11月27日、プーチン大統領がかつて稽古に励んでいたサンクトペテルブルクの柔道クラブで、直接プーチン大統領から友好勲章を授与された。浅井さんは当初、勲章の返礼に何か特別なことをしたいと思い、ロシアの「弟」に相談した。


「特別なこと?いつもと同じでいいんだ」

写真:浅井さんの「弟」ゼリムハン・バガエフさん(中央)
浅井さんがロシアで弟のように大切に思い、良きアドバイザーとして頼りにしているのが、ゼリムハン・バガエフさんだ。ゼリムハンさんの父であるデギ・バガエフさんは、ロシア・チェチェン共和国におけるフリースタイルレスリングの創始者であり、世界チャンピオンを育てた伝説のコーチだった。デギさんは5年前に他界してしまったが、彼の名を冠したレスリング大会が毎年行なわれている。

何か特別なお礼を、と考える浅井さんに対し、ゼリムハンさんは「兄貴、特別なことをする必要はないよ。いつもと同じでいいんだ。柔道着を持ってきて、子どもたちと交流したらいいじゃないか」とアドバイスしてくれた。そして、大規模なマスタークラスの開催準備をしてくれたのである。

実は日本語を知っていた!喜ぶ子どもたち
会場となったモスクワ武道センターはとても広いのだが、全面に敷き詰められた畳が狭く感じられるほど、たくさんの子どもたちが集まった。日本人の柔道家を初めて見た子も多く、少し硬い表情をしている。「日本語わかる人?」と聞いても誰も手を挙げない。しかし、普段の練習で耳にする「始め」「一本」「それまで」などの言葉が全部日本語だとわかると、みんなが嬉しそうに笑い、緊張がとけてきた。

浅井さんは、実践練習に入る前に、柔道の歴史や精神についてスライドを使いながら話し、浅井さんの師であり、プーチン大統領とも親交の深い山下泰裕さん(ロサンゼルス五輪金メダリスト)が柔道を通して日露関係にもたらした功績についても紹介した。子どもたちは熱心に耳を傾けていた。
講話の時間を設けるアイデアは、山下さんのスタイルにならったものだ。現在、日本オリンピック委員会(JOC)の会長を務める山下さんは、多忙で柔道にさける時間がほとんどないが、かつてはプーチン大統領の恩師から頼まれ、自身もマスタークラスを行なっていた。

浅井さん「山下先生はいつも、技の指導をするだけでなく、『柔道で学んだことを人生に生かそう、自分の夢を持ち続けよう』と話をしていました。私もそれにならい、子どもたちが飽きない程度に話ができたかなと思っています。」
これに感謝したのは、浅井さんのマスタークラス開催に協力したロシアの五輪メダリストたちだった。彼らはもちろん柔道の歴史や精神、山下さんの功績について詳しく知っているが、自分たちが話すよりも浅井さんが話したほうが、子どもたちの心に強く残るからだ。

ロシアで柔道が人気なのはなぜ?
実践練習では、浅井さんがまず手本を見せ、子どもたちがそれにならう。子どもたちの引率にあたった指導者たちも、畳の外から熱心に稽古の模様を見学している。

4か月前に柔道を始めたばかりだという高校一年生のエミーナさん。「もともと格闘技に興味があって、ネットで見て気に入ったので、始めることにしました。柔道はとても面白いです」と笑顔を見せた。中学一年生のセルゲイくんは、「母のすすめで小さい頃から柔道教室に通っています。今日のマスタークラスはたくさんのことを気付かせてくれました」と感想を話してくれた。
ロシアでは、国際大会に出場経験のあるハイレベルの選手たちによって柔道のマスタークラスが定期的に開催されており、それが柔道人気の高まりにつながっている。親たちの間でも、柔道は子どもにケガをさせるスポーツではなく、心身の健康・健全な発展に役に立つという認識が広がっており、セルゲイくんの家のように、両親主導で子どもを柔道クラブに通わせるケースが増えている。

二大都市圏であるモスクワとサンクトペテルブルクではもちろん柔道の人気が高い。また、格闘技全般が盛んなコーカサス地方からは多数のチャンピオンが出ている。また、極東もこれから注目の地域だ。浅井さんによれば、ウラジオストクでは、柔道連盟とサンボ連盟が一緒に活動していたが、最近になってそれぞれ独立した。浅井さんは「極東から強い選手が出てくるのはこれからだと思います」と話している。

「柔道の名のもとに、私たちはひとつの家族」

写真:ロシア柔道連盟副会長、タメルラン・トメノフさん
マスタークラスの司会を務めたのはロシアを代表する柔道家でロシア柔道連盟の副会長、タメルラン・トメノフさんだ。浅井さんのマスタークラスを終え、トメノフさんは「子どもたちの笑顔が見られて良かった。私たちはみんな、柔道の名のもとに、ひとつの家族です」と総括した。

トメノフさんはアテネ五輪で銀メダル、シドニー五輪で銅メダルを獲得している。

トメノフさん「『オリンピック・ファミリー』は良いものです。民族や宗教の違いなど全く問題にならず、スポーツ全体の発展のために、誰かに助けが必要であれば互いに喜んで助け合います。戦いは畳の上やリングの中でだけ。世界から全ての争いがなくなってほしい。」


ドーピング問題をめぐり、ロシアの東京五輪参加が不透明な状態になっていることについて、トメノフさんは次のように話している。

トメノフさん「私はロシアのチームがすべての五輪競技に参加できれば、と思っています。ロシア代表がいなければ、それぞれの競技結果は本来の価値を持ちません。柔道もそうですが、ロシアチームはどのスポーツでも、外国選手の良きライバルになり得ることができます。政治がスポーツに関わらなければ、本当に良いのですが。」
浅井さんも「畳の上には難しい政治の話はない」と話す。子どもたちの笑顔にパワーをもらった浅井さんは、これからもマスタークラスを続けるつもりだ。

浅井さん「本当にスポーツ交流って気持ちいいですよね。身体が動く限りは、やっていこうと思います。もし、身体が動かなくなったら、そのときはまた違う交流の仕方があると思っています。」
筆者:徳山 あすか
写真:クリスチナ・サビツカヤ
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