突然の中止はなぜ? レーニン廟の再利用コンクールをめぐる脅迫と敵対

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レーニン廟 - Sputnik 日本
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9月12日、モスクワのレーニン廟の最良の再利用コンセプトを競うコンクールは実施が発表されてから1週間もたたないうちに、今度は中止を余儀なくされた。

コンクールを組織したのはロシア建築家連盟。同連盟は当初からこれは廟からレーニンの遺体を追い出すということではないと明言していた。コンクールの課題とは、将来、レーニンの遺体を(なんとか)埋葬した後に廟を文化財として保護し、使用する方法をストックすることにある。ところが大勢から激しいネガティブな反応があがり、状況を炎上させないためにコンクール自体が取りやめになった。スプートニクはこの事態の検証を試みた。

コンクール組織に脅迫状が

コンクールのプレスリリースには次のように書かれていた。

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レーニン廟に救急医が駆けつけ 写真がネットで大ウケ モスクワ【写真】
「本コンクールは政治的なものではない。ロシア建築家同盟は廟から遺体を運び出すとか、まして直ちにそれを行うよう呼び掛けてもいない。時が到来すればそれは起こる。我々が問うのは、20世紀を代表する記念碑的建造物であり、偉大な建築家アレクセイ・シューセフの設計で建てられたレーニン廟をこの先どうするかということである。しかもレーニン廟は世界文化遺産『モスクワの赤の広場の建築群』の一部としてユネスコの庇護を受けている存在だからだ。」

コンクールへの応募対象は建築家、画家、デザイナーにとどまらない。これに関心を持つ人であればどんな人も応募が可能だった。それはコンクールの狙いがレーニン廟の再建ではなく、最適なリユーズ法だからだ。結果発表は11月12日に行われるはずだった。

© Sputnik / Yuryi Abramochkin / メディアバンクへ移行レーニン廟(アーカイブ写真)
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レーニン廟(アーカイブ写真)

ところが建築家連盟のサイトには非難と脅迫が相次いだ。同盟のニコライ・シュマコフ会長はブリーフィングで「コンクールの条件を誰も読んでいない。なのに私を何から何まで悪いと非難する野蛮極まりない人間がいる」と述べ、中止を決定したのは自分と職員に対する脅迫状が届けられたからだと説明した。

モスクワのレーニン廟 そもそもの出現は

プロレタリア革命を率い、ソビエト国家の長となったウラジーミル・レーニンは1924年1月21日に死去した。死後数日間、政府には葬儀の延期を懇願する手紙、電報が何千通も届けられた。なんとかモスクワまでたどり着き、レーニンとのお別れに間に合いたいというのだ。この悲願に答え、赤の広場に木造の安置所が建てられ、レーニンの遺体が安置された。レーニンの遺体は有名な生化学者のボリス・ズバルスキーと人体解剖学医のウラジーミル・ヴォロビヨフの2人によって防腐処理が施された。当時、長期に遺体を安置する廟を建てようなど誰も考えもしなかったが、それは遺体をそこまで長く保つことなどできないと思われていたからだった。ところが実験は成功。そこで1930年、建築家シューセフの設計で石を使ったレーニン廟が建てられた。廟は古代エジプトの建築を彷彿とさせる階段型のピラミッドの形を模して作られた。

© 写真 : Public domainレーニン廟(アーカイブ写真)
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レーニン廟(アーカイブ写真)

レーニンの遺体は今までに数度、存亡の危機に見舞われている。初めての事件は1934年、ある見学者が遺体に発砲しようとして、警備員に取り押さえられた。最後に起きた事件は1973年、遺体は防弾ガラスで保護されていたが、ある不審者が廟の内部で手製の爆弾をさく裂させ、本人と2人の見学者が死亡する事態に発展した。

1953年3月、ヨシフ・スターリンが死去すると、その遺体もまた廟に安置された。1961年にはスターリンの遺体は廟から出され、クレムリンの壁に埋葬しなおされた。レーニン廟は長年にわたって国家指導者らが赤の広場での軍事パレードを見守るトリブーンとして使われてきた。この廟に最後に上ったのはミハイル・ゴルバチョフ氏だ。

なぜ反対なのか

レーニン - Sputnik 日本
芸術家がレーニンの遺体を購入しニューヨークに新しい霊廟の建設を提案
レーニンの遺体を埋葬することについての世論調査は10月革命100周年を目前に控えた2017年春に行われたものが最後だが、当時回答者の63%が埋葬すべきと答えた。そのうち32%が直ちに埋葬はすべきと答え、31%はレーニン信奉者がこの問題に過剰に反応しなくなる時期を待つべきと考えていた。また30%の回答者はすべてを今のまま残すことを提案している。

レーニンの遺体を廟に保存することをイデオロギー的に最大限支持しているのはロシア共産党とその支持者。左翼思想者にとってレーニン廟はソ連の神聖なる象徴であり、レーニンの遺体は共産主義の理想の象徴だ。

遺体埋葬の支持者らは、モスクワのど真ん中でミイラを公開するなど時代錯誤だと主張する。共産党員が赤の広場を墓地に変えてしまったため、娯楽的なイベントの実施が場違いになってしまったというのだ。それだけではなく、遺体保存のために毎年膨大な資金が費やされている。その作業を受け持っているのが全ロシア薬草香草研究所付属のバイオ医療技術センターだ。

法律家でモスクワの歴史に詳しいアレクセイ・デドゥーシキン氏はスプートニクからの取材に次のように語っている。

「ロシア社会にはレーニンとそのイデアを信奉する人間があまりに多い。こうした人たちはソ連を理想化している。何の悪気もないコンクールに見せた彼らの反応から、この問題を解決するのはまだ時期尚早だということがわかる。」

コンクールを中止とした建築家連盟は公聴会を開き、国の歴史における記念碑の保存に関心を示す各界の代表を全員招こうとしている。

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