21:12 2021年05月06日
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この記事の筆者である私(36歳日本人女性、一人暮らし、ロシア在住8年目)は、正月休み明けと同時にコロナにかかり、肺炎になってしまった。それから地獄のような1か月が過ぎてようやく仕事に復帰できた。もうロシアではコロナにかかった日本人が珍しくはないので、特に私の体験が特別というわけではない。しかし、日本でも自宅療養する人が増えている中、外国の自宅療養システムの実態に関心がある人も多いのではないかと思い、ごく個人的な経験に基づいた闘病記を書いてみることにした。

コロナを疑ったきっかけは、数日前に会った人がコロナ陽性だとわかり、その人本人から連絡があったことだ。その段階で私には特に症状はなかったが、すぐ調べることにした。ロシア全国で導入されているコロナ専用ダイヤル「122」にかけると、医師を自宅に呼んだり、PCRや抗体検査の予約をしたりすることができる。

電話から20分後(すごいスピードだ)、ラフな格好の医師が家までやって来て、一通りの診察をしてくれた。防護服を着なくていいのか?と聞くと彼女は(ロシアは女医さんが多い)コロナに罹患して抗体があるとのことだった。翌朝早く、防護服の看護師が来て、PCR検査をしてもらった。自分は自宅にいるだけで良いというのはすごく便利だ。その日から熱が出た。これはやはりコロナか、と悲しみにくれていると、携帯にSMSが届いた。それは陽性を告げるお知らせだった。恐れていたものがとうとう来た。


闘病スタート、電話にイライラ

最初の4日間、熱は38度を少し超えるくらいで、39度まではいかなかった。解熱剤を飲んで横になっていれば我慢できる程度の苦しみだ。陽性が判明した翌日、こないだとは別の医師が電話をくれ、容態を確認し、水をたくさん飲んでビタミンDを取るように言われた。

それとはまた別に、モスクワ市保健局から症状を確認する電話が毎日かかってきた。電話を取らないとしつこく何回もかかってくる。その上、番号は発信専用で、こちらからかけることはできない。電話の相手はオペレーターで、症状を伝えても特に何かしてくれるわけではなく、ただ記録を取るだけだ。悪化すればコロナ専用ダイヤルに電話して自分で医者を呼ばねばならない。先にコロナ陽性になった人と情報交換したところ、その人には、モスクワ市保健局からは電話はなく、医師がかわるがわる毎日電話してくれているという。この差がどこから来るのかは謎だ。

5日目くらいから咳が出始め、かなり体調が悪くなってきたと思ったところに、初日とは別の医師がアポなしでやって来た。彼女らは全員、私のアパートから3軒隣にある市立病院の医師だとわかった。道理ですぐ来てもらえたわけだ。コロナが悪化するかどうかの分かれ目は発症5日前後だと言われている。そのタイミングを狙って訪問してくれたのは嬉しい。

聴診器で肺の音を聞くと、何やら真面目な顔をしている。肺炎の疑いがあるということで、CT検査を受けるための紹介カードを書いてもらった。CT設備のある病院には自力で行くことはできず、別途「103」番に自分で電話して救急車を呼び、救急車で連れて行ってもらうというルールだ。

電話から1時間ほどして救急車が来た。まずは救急隊員に心電図をとってもらい、身の回りのものを持って病院へ向かう。CTの結果次第ではそのまま入院となる可能性があるためだ。救急隊員との車内での会話で、彼女も年末にコロナから回復したばかりだと知った。私をCTに送ってくれた医師もコロナにかかったと言っていた。医療関係者のコロナ罹患率はとても高そうだ。

この救急車で CT設備のある病院へ向かった
© Sputnik / Asuka Tokuyama
この救急車でCT設備のある病院へ向かった

CT検査、アビガンのジェネリックをもらう

病院の廊下では、私と同じように救急車で連れられて来た人々が待っていた。CT検査自体はすぐやってもらえたが、結果を待つ時間がものすごく長かった。今日はたまたま日曜日で、一人の医師が全て対応しているせいだろう。私は咳がひどくて、座っているのもやっとだった。ドアの向こうから会話が漏れ聞こえてくる。年配の女性が入院を拒否する書類にサインしているようだ。入院レベルの症状があっても、入院したくない場合は自己責任で自宅療養を選ぶことができる。

ようやく順番が来た。診断は肺炎だった。ただし炎症は全体の25パーセント程度で、肺炎としては軽症だった。不幸中の幸いだ。引き続き自宅療養となり、4種類の薬が袋詰めになったパックと、飲み方を書いた紙をもらった。アビガンのジェネリック「アビファビル」、抗生物質、解熱剤、抗血栓薬だ。新品のパルスオキシメーターも無料で貸してもらえた。自宅療養では急変が怖いので、これはかなり心強い。それから血液検査をし、また心電図を取って、ようやく帰宅を許可された。

行きは救急車だったので、てっきり帰りも送ってもらえるのかと思いきや、「帰りは自分でタクシーでも呼んでください」と言われた。何だか一貫していないような気がするが、とにかく帰るしかない。外はマイナス20度で、とても歩ける距離ではないのでやむなくタクシーを呼んだ。マスクをしてからマフラーで鼻から下をぐるぐる巻きにし、病院でもらった手袋を二重にはめ、完全防備で乗り込んだ。家に着くまでの間、咳をこらえるのがとても辛かった。

CT検査の後にもらった薬
© Sputnik / Asuka Tokuyama
CT検査の後にもらった薬

肺炎、嗅覚障害、乾燥からの不眠

なんとか帰宅すると、もう夜だ。薬を飲むために何か食べないと、と思い食事を始めたら、味が少し薄い気がした。最初は、鼻が詰まっているせいだと思った。トイレに行ってまた戻って来たら、今度は完全に食べ物の味が消えていた。文字通り完全にだ。急いで鼻をかんでも、冷蔵庫の中の色々なものをつまんでも、全然味がしない。コロナにかかると味を感じなくなるとは散々聞いていたが、こんな短い時間で!?と衝撃を受けた。ここまで、割と冷静にコロナに対処してきたつもりだったが、いつもあるはずのものが感じられない、という状態は、私をパニックにした。それか、今日まで溜まっていた不安が、これをきっかけに噴出したのかもしれない。衝動的に、何かに取り憑かれたように時々何かのにおいを嗅いでみるが、もちろん何も感じず、絶望感におそわれた。この日以降、ほとんど眠れなくなった。

何日か経つと、食べ物の味がないという事実を受け入れるようになった。往生際悪く色々な食べ物で試してみると、どうも私は嗅覚障害で、味覚障害ではないとわかった。塩をなめたり、レモンをそのまま食べたりすると刺激が感じられるし、ケチャップやソースをなめるとコクのようなものを感じる。それだけでも少し自分を落ち着かせることができた。一番のお気に入りはリンゴだ。リンゴをかじると、ジュワッと水分が出てくるのが嬉しくて、ネットスーパーでは毎回リンゴを注文した。

不眠のもう一つの原因は、極度の乾燥だ。実際になってみるまで知らなかったが、乾燥もコロナのよくある症状だそうだ。目、鼻、口、身体のありとあらゆる部分から水分が蒸発しているのかと思うほど、いつもカラカラに干からびていた。携帯の画面をしばらく見るだけで目を開けていられなくなるし、鼻は空気を通すだけで痛い。頑張って1日に3リットルも水を飲んでいるのに、全然吸収されている感じがしない。目薬を差したり、海水を使った洗浄薬で鼻を洗ったりしたが、効果があるのはその瞬間だけで、5分もすればまた元に戻ってしまった。


アプリで医師とテレビ通話、不安を解消

一方、良いこともあった。肺炎の診断が下された日から、常に私を悩ませていたモスクワ市保健局からの電話がぴたりと止んだ。そのかわり、モスクワ市保健局が開発したアプリを使い、一日おきにオンラインで医師が診療してくれた。先日、CTのついでに行った血液検査の結果も、遠隔診療の担当医師に教えてもらった。この人はとても親身になってくれたので、彼女との会話が楽しみだった。

この時私は、乾燥以外にも、腹痛と下痢に悩まされていた。そのことをオンライン診療で相談すると、その当日に病院から医師が来て、別の種類の抗生物質を持ってきてくれた。オンラインと従来の自宅訪問との組み合わせは、とても便利だ。ただ、病院は病院で、コロナ患者訪問のスケジュールを独自に決めており、遠隔診療の医師から連絡があった場合には追加的に訪問するようだ。そのため私のところに、たまたま1日に2人の医師が来てしまったことがあった。

オンライン診療は、本来の一日おきの診療以外にも、自分からアプリを通じて申し込むことができる。回数も無制限だ。医師を呼ぶほどではないが、何か質問したいことがあるいう場合には打ってつけだ。


デリバリーと友人の助けに感謝

日本は基本的に通販が便利な国だと思うが、こと食料品のデリバリーに特化して言えば、モスクワは世界一便利だと思う。アプリでほとんど何もかも注文できるし、配達は素早く、(私の愛用する自然派食品スーパーはいつも2時間以内)送料も無料か、かかってもごく少額だ。このおかげで、基本的には食べ物の心配をすることなく、療養生活を乗り切ることができた。ほぼ全ての薬はネットで購入した。ただ、処方せんの必要な薬は自宅まで届けてくれず最寄りの薬局どまりなので(買える場合もあるが「2000ルーブル以上の注文で配達可」など、使い勝手が悪い)何度か友人に持ってきてもらった。

貴重な日本の食材や、ネットでは当たり外れの大きい果物類、サラダなどすぐ食べられるものを持ってきてくれたり、手料理を配達してくれた人もいた。味はわからなくても、その気遣いのおかげで「せっかく頂いたから食べよう」と気持ちを前向きに切り替えることができた。それがなければ食欲がわかず、もっと回復が遅くなっていたと思う。たくさんの人が心配してくれて、本当にありがたく、感謝の気持ちでいっぱいだ。

そんなふうに助けてもらいながら、あらゆる症状に耐え、良くなったり悪くなったりしながら2週間ほど過ぎた。1か月の間、トータルでPCR検査は5回受けた。後半の2回が連続で陰性になったので、公式的には一応、回復したと見なされ、外出もできるようになった。自宅療養の期間を振り返ってみると、完璧ではないけれど色々なものがシステム化されていて、それぞれの症状ごとに、まめにケアしてもらえてありがたいと思った。実はほとんどの症状はまだ残っているので、全快と言えるまでの道のりはまだ長そうだが、気長に健康を取り戻していこうと思う。

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