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ロシアでアニメスタイルのタトゥーが流行中

どのキャラが一番人気?

記者:マリア・チチワリナ
写真:クリスティーナ・サヴィツカヤ
多くの国と異なり、ロシアと日本では、もともとタトゥーは犯罪と結びついたものであった。しかし、そんなタトゥーが裏社会のものから、ごく普通の生活のものへと姿を変えつつある。若者たちはお気に入りのフレーズやヒーローの姿を自分の肌に刻み込むようになった。「スプートニク」の記者が、人気のロシア人タトゥーアーティストの一人に、どのようにして日本のアニメ風のタトゥーが大人気となったのか、またアーティストが直面する困難とはどのようなものなのか、お話を聞いた。

「画家は職業ではない」

キリル・ユージンとマーシャ・ユージナは若い夫婦で、結婚したのとほぼ同時に、タトゥーアーティストとしてのキャリアをスタートさせた。下絵を描き、タトゥーを彫るのはキリルだけで、マーシャは顧客と話をしたり、夫のキリルが大変なときにサポートしている。
3年前、キリルがまだタトゥーアーティストとしての道を歩み始めたばかりのとき、彼を信じて応援していたのはマーシャただ一人であった。キリルの趣味は両親にも理解されず、両親はタトゥーが趣味以上のものになるなど信じず、学業を終えたら工場で働くよう説得した。そんなときにもマーシャは、キリルが自由な時間を学業と絵の勉強に捧げられるよう、家族を支えた。
「わたしたちは、両親に、タトゥーは重要で、とてもかっこいいんだと言って、喧嘩ばかりしました。親戚も、絵はものすごく上手だけど、それは趣味だろうと言いました。でも、好きでもない『普通の』仕事を朝から晩までする3倍のお金をタトゥー彫り師として稼いでいるとしたら、それは趣味なんかではないんです」。
マーシャ・ユージナさん
「絵画への道は幼いときから始まっていました。祖父がプロの画家で、わたしにどんな美術学校よりも上手に、絵の描き方を教えてくれたのです。特別な教育は受けませんでしたが、わたしは故郷のノヴォロシースクであらゆるコンクールで優勝したのです。中学校時代はグラフィティに夢中になり、それから人物を描くようになりました。わたしは優秀な成績で学校を卒業し、どんな専門を選ぶこともできましたが、両親に説得され、バウマン記念モスクワ国立工科大学の技師学部に入学しました。両親は今でも画家なんて職業じゃないと思っています。しかし、そのモスクワで、わたしは天命を得て、タトゥーを彫るようになったのです」。
現在、キリルとマーシャは、誰かの批判ではなく、自分の心の声に耳を傾けるという決断は正しかったと感じている。3年間で、キリルは、新たな技術を自分自身や妻を使って試し、知り合いの中から顧客を探す無名の駆け出しの職人から、独自のスタイルを持った人気のタトゥーアーティストになったのである。現在、モスクワの外れにある小さなタトゥースタジオでは、3ヶ月先まで予約が埋まっている。またキリルのティックトックアカウントは、14万人以上のユーザーにフォローされている。

なぜアニメなのか?

「4年前に、わたしはアニメにすっかり夢中になりました。とくに、ワンピースとベルセルクには感銘を受けました。同じ時期に、アニメスタイルのタトゥーを世界で広めたスペインのタトゥーアーティストBrando Chiesaを知ったのです。彼はアニメ風のタトゥーを彫ることが可能だということを示して見せた最初の人物です。
キリル・ユージンさん
その当時、こうしたスタイルでタトゥーを彫っているアーティストはロシアにはほとんどいませんでした。そこで、わたしたちは、このスタイルを選び、これを極めて、このスタイルで最高のアーティストになろうと思ったのです。
最初は、元が取れないかもしれないという懸念がありました。ロシアには、アニメは子どもか若い人しか見ないというステレオタイプがあり、子どもや若者にはタトゥーを入れたいという願望はあってもお金はありません。しかし、結局、この心配は杞憂に終わりました。今は若者や学生だけでなく、立派な成人の人たちもわたしたちのスタジオに足を運んでくれます。

最初、キリルは頭に思い浮かぶあらゆる登場人物を描いていたが、アヘ顔の作品で人気を博するようになった。「ナルト」のヒーローであるヒナタ、ナルト、イタチ、サスケ、サクラなどのデザインには、すぐにオーダーが入り、また顧客らは他の作品にも目を向けるようになった。
現在もっとも人気があるのは、ドラゴンの姿をした白で、月に5〜6回、様々なバリエーションで彫っているという。次に人気があるのは、マダラとイタチ、そして3番目は東京喰種トーキョーグールの登場人物だそうだ。

また最近は、ロシアではそれほど人気が高くない「鬼滅の刃」や「僕のヒーローアカデミア」と言ったアニメのオーダーも増えているとのこと。
将来の目標は、画家、そしてタトゥーアーティストとしてさらに成長し、自分のスタジオを持ち、日本を訪れることだという。日本を訪れることができたら、まずは秋葉原に行くのが夢なのだそうだ。「わたしみたいな人にとっては、天国みたいな場所なんじゃないでしょうか」。