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    ロシア人専門家、日本との平和条約なしに70年、ということはこの先もなくても大丈夫だろう

    © 写真: Asuka Tokuyama
    政治
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    アンドレイ イワノフ
    南クリル諸島:不和あるいは協力の島? (32)
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    日本国民の一部はロシアがもうすぐにも南クリル諸島を渡してくれ、プーチン大統領の訪日がこれを促してくれるものと信じ込んでいる。この期待が現実に即しているかどうか。以下に記載する論文は有名なロシア人東洋学者で歴史博士のアナトーリー・コーシキン氏によるもので、実際、先の問いに答えるために発表された。

    (以下、コーシキン氏の論文を引用)

    2015年9月2日、日本帝国政府の代表者らによって無条件降伏と第二次世界大戦終戦についての条約が署名されて70周年を記念する日、ロシア外務省は史実と国際合意に立脚した、いわゆる「クリル問題」に関する立場を明確に表した。ロシア外務省のイーゴリ・モルフロフ次官は「インターファックス」通信からのインタビューに答え、クリルに関して日本との交渉の可能性を除外した。出された声明は次のとおりだった。

    「日本とは『クリル問題』についていかなる対話も我々は行っていない。この問題は70年前に解決済みだ。南クリルは法的な根拠にしたがい、第2次世界大戦の結果として我々の国に移ってきた。これに対する主権と管轄権は疑いようもなくロシアにある。」

    この声明のあと、ロシア国家のこの立場をラヴロフ外相も確認した。

    これに加え、ロシア外務省指導部は両国の平和条約締結交渉の継続に合意している。

    ロシア政府の占める立場に観測筋の間からは当惑が表された。なぜなら日本政府にとっては平和条約締結は クリル諸島の帰属問題におけるロシアに降伏するも同じだからだ。日本政府は何年にもわたり、ロシアとの平和条約締結は「択捉、国後、色丹、歯舞の4島返還」という条件が揃って初めて可能といい続けてきた。これに関して起きた外交摩擦の本質を解明する必要がある。
    1956年10月19日にモスクワで調印されたソ日共同宣言では両国は「正常な外交関係が回復したあと、平和条約締結交渉の継続を行うことに合意した」とある。ところがこれは、日本の反論者やそれを支持するコメンテーターがなんとか確証づけようと躍起になっているように、領土の確定に関する交渉の継続、ではない。

    ソ日共同宣言の第9条は「ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国の要請にこたえかつ日本国の利益を考慮して,歯舞諸島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし,これらの諸島は,日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」とある。 当時、領土問題で妥協を図ろうと発案したフルシチョフ第1書記は、これは日本側に対する最大限の譲歩だと語った。共同宣言の署名される前日、10月16日、フルシチョフは日本側の全権代表を務めていた河野一郎農林大臣に対し、次のように語ったという。

    「日本側は歯舞と色丹を平和条約を締結せずに受け取り、そのあと、我々も知らない、実際は存在していない別の何らかの領土問題を解決したいと望んでいる。ソ連政府は一刻も早い日本との合意を望んでおり、領土問題を取引には利用していない。だが私は再度、完全に明確に断固として言っておかねばならない。それは、歯舞、色丹以外は、我々は日本側からの領土問題に対するクレームを一切受け付けず、これに関するいかなる提案も話し合うことは拒否するということだ。我々はそれを越えた先の何らかの譲歩はできず、行わない。歯舞、色丹は平和条約締結後に日本に渡すことはできるだろうが、示された諸島を渡すことで、領土問題は全て完全に解決済みとせねばならない。」

    フルシチョフ氏は平和条約交渉に領土問題が含まれるという日本側の合意案を退けた。「共同宣言に従い、日本との領土問題の討議を続けねばならない」と主張している方々は、どうやらこのことを知らないようだ。

    しかも、こうした立場の支持者らは、今のロシアだけでなく、ソ連もこうした交渉をもう60年も続けているという。こうした人々は共同宣言に見込まれている平和条約締結交渉を停止したのはソ連ではなく、日本の政府のほうだったということは知らないのだろう。日ソ関係が最終的に正常化することに関心を抱いていない米国行政府のあからさまな圧力を受け、共同宣言で達成された条件に違反して、日本政府は勝手に歯舞、色丹のみならず、さらにクリル諸島の中でも大きく、開発の進んだ国後、択捉までをも「返せ」と要求しはじめた。

    日米の中でも反ソ的な市民は目的を掲げた。それはソ連にとって明らかに受け入れ不可能かつ、何の根拠もない条件を突きつけつつ、長い期間にわたって日ソ平和条約締結プロセスを封鎖するということだった。状況は1960年、日本政府がソ連との平和条約を結ぶ代わりに、国民の意思に反して、ソ連と中国に対立するための米国との軍事同盟を結んだ際に緊張化する。この軍事同盟によって日本の領域に米軍がおびただしい数の基地をもつ権利が承認された。

    このことから、諸島を日本に渡した場合、そこに我々の国に矛先を向けた米国の軍事施設が建設しうるという状況が出来上がった。このためソ連外務省は1960年1月27日、日本政府に対し覚書を送る。そこに書かれていたのは「日本領内からあらゆる外国軍が撤退した時、歯舞と色丹は1956年10月19日に調印されたソ日共同宣言にうたわれているように、日本に渡される」ということだった。

    日本政府はその返答として国内に反ソ的な感情を植え付け、日本自身も調印した国際条約にもかかわらず、あたかも「日本固有の領土を違法に強奪」したかのようにソ連を非難した。国家予算と大企業からの「献金」によって「北方領土返還」要求を大声で叫びたてるキャンペーンのための資金プールが出来上がった。日本政府が平和条約調印交渉を行う意欲を持たず、いわゆる「領土問題」をソ連に対する敵対心を煽るために利用しているのを目にし、ソ連政府はソ日間には「領土問題」は存在しない、なぜなら問題は戦争の結果すでに解決済みだからだと宣言したのだ。このあと、ソ連外務省はいわゆる「領土問題」を話し合おうとする日本側のあらゆる試みを退けた。

    だがソ連指導部が平和条約締結や対日関係の発展を退けたことはなかった。1977年、ブレジネフ書記長は指摘している。「1973年10月10日に表されたソ日共同声明では平和条約締結交渉の継続について、合意が確認されている。ソ連は、もちろん日本側から受け入れ不可能な条件が突きつけられなければの話だが、双方にとって重要なこの件を最後までやり遂げる構えだ。日本側が第2次大戦の結果生じた現実に明晰なアプローチをしてくれれば、これは可能だっただろうし、早く解決しただろう。」

    数十年にわたって日本の領土要求の主張に対し、不明瞭で、時に屈辱的な政策を続けたあと、現在のロシア政府はとうとう勇んで、国民の意思にそい、全てを明確にし、クリル諸島という領土の主権はロシアとは不可分であることをはっきりと示した。

    ロシアが日本政府に押し出す平和条約締結の条件は明らかにされている。これをつい先日、ラヴロフ外相も指摘したばかりだ。外相は平和条約締結問題での進展は日本が国連憲章も含め、戦後の現実を全てありのままに認めて初めて可能になると語った。だが、様々な出来事から判断するに、日本政府はこの現実を認識することを拒否している。

    まぁ、仕方ない。平和条約もないまま70年も暮らしたのだから、この先もなしでいけるだろう。そういえばあの戦争の一番の敵だったドイツとも平和条約はないままだが、ここ数十年、政治、貿易経済、文化などいろんな分野で両国の間、両国民の間の関係発展を図るにためにはこれは何の障害にもならなかった。

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