20:38 2019年12月13日
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旧ソ連機密文書 「2島引き渡し」急ぐソビエト政府

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旧ソ連政府は、1955年6月にイギリスの首都ロンドンで行われた国交正常化に向けた交渉以前の段階において、「外国軍の基地を設置しないという条件」で、南クリル諸島の歯舞諸島および色丹島の2島引き渡しを最大の譲歩案として交渉に臨む方針を固めていたことが明らかになった。NHKが7日、当時のソビエト共産党指導部の機密文書をもとに報じた。

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両国政府が交渉を始める前日、1955年6月2日付の機密文書は「外国軍の基地を置かないという条件の下、両国関係が良好な方向に発展していく場合には、歯舞諸島と色丹島の引き渡しの交渉を始めることは可能だ」としており、当時のモロトフ外相が作成した案をフルシチョフ第1書記、ならびにブルガーニン首相が承認する形となっていた。

また、同日付の文書からは日本に対する影響力を強め、米国の政治・経済的立場を弱めようとするソビエト政府側の意向もうかがえる。

ソビエト政府による当該文書の承認後間もなくして、両国政府は国交正常化に向けた交渉を開始し、翌56年10月19日にはソ日共同宣言(日ソ共同宣言)に署名した。同宣言は同年12月12日に発効している。また、同宣言には「外交関係の回復」「戦争状態の終結」等が記されていた。

その後、ソビエト政府は1960年に日米安全保障条約(新安保条約)が締結されたことを受け、2島引き渡しの義務を解消している。同年1月27日付の同政府の覚書は「日本から外国軍の撤退が行われた場合に限り、2島の引き渡しが行われる」としている。

歯舞諸島、色丹島、国後島、択捉島などからなる「南クリル諸島」は、日本では「北方領土」として広く知られている。

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