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ヒッチハイクで日本縦断 

600キロメートルをタダで移動したロシア人女性

経験豊富なヒッチハイカーのあいだでは、世界にはヒッチハイク向きの人気の国もあれば、ヒッチハイクなんて聞いたこともないという国もあるのは常識だ。日本はヒッチハイクがあまり普及していない国である。それにもかかわらず、シベリア出身の写真家で旅行家のリタ・ティモフェエワさんは3週間の日本旅行の移動手段にヒッチハイクを選んだ。はたしてどんな旅になったのか?日本がヒッチハイクの固定概念を打ち破ったのはどうしてか?スプートニクがお伝えする。
ヒッチハイクは通常、都市間の移動や、さらには国と国との間の移動で費用を節約し、同時に新しい人々との出会いを楽しむ若者が選ぶことが多い手段だ。日本をヒッチハイクで600キロメートル以上移動した印象をリタさんがスプートニクに語ってくれた。
ヒッチハイクは、運転手の同意を得て交通機関に同乗させてもらう無料の移動手段である。かつてヒッチハイクといえば自動車だけだったが、後に他の交通機関にも拡がった。乗り合いバスに運賃を払わずに乗ることは、ドライバーが同意しない限り、ヒッチハイクとは見なされない。
3万キロメートルの経験と会話
シベリアの写真家で旅行家のリタ・ティモフェエワさんは2017年から2018年にかけて中央アメリカのほぼ全土をヒッチハイクで移動した。彼女が滞在した国はメキシコ、グアテマラ、ニカラグア、パナマ、ホンジュラス、エルサルバドル、コスタリカ、ペルー、エクアドル、ボリビア、コロンビア、アルゼンチン、チリ、パラグアイ、ウルグアイ、ブラジルである。
リタさんにとっての最初の大規模なヒッチハイク旅行は9ヶ月間、3万キロメートルだったが、移動には1円も費やさなかった。この旅でリタさんは、ヒッチハイクのおかげで、その国や人々をより身近に知ることができると気付いたという。「ヒッチハイクでは、さまざまな社会層、文化層の人々に出会います。次に誰が自分を拾ってくれるのか、そのときが来るまで分からないのです。農家の人かもしれないし、市長かもしれません。」
2019年の2回目の大きなヒッチハイク旅行には、さまざまな国でヒッチハイクをした豊かな経験をもって臨んだ。彼女の旅は中央アジアから始まり、ヨーロッパへと続き、2019年11月にはそこから日本に飛んだ。日本の旅の移動手段にヒッチハイクを選んだのは意識的なものだったという。リタさんは言う。「日本でヒッチハイクをするのがどんなものか興味があったんです。そもそも日本にヒッチハイクはないと考える人が多いですから。」
財政面も重要だった。中央アジア、ロシア、ヨーロッパの長い旅の後、新幹線で移動するためのお金は残っていなかった。
日本ではヒッチハイクも他国と違う
リタさんは20日間の日本滞在で、東京→御殿場(富士山近郊)→松本→高山→京都→大阪→広島→福岡というルートを旅した。総距離は合計400 キロメートルを超え、たまにバス移動で中断したことを除けば、そのほとんどをヒッチハイクで移動した。
リタさんによると、通常、ヒッチハイカーを拾ってくれるのは主に長距離トラックの運転手だという。それは、話し相手を得て、眠気を逸らすためだそうだ。しかし、日本でトラック運転手が止まってくれたのは、わずか1回だけだった。リタさんは言う。「日本のヒッチハイクの最大の特徴は、私を乗せてくれたのが、驚くことに、ほとんど女性だったということです。ヒッチハイカーが女性1人の場合、止まってくれるのは通常男性です。また、ヒッチハイクには、国を問わず、車が止まってくれやすい、伝統的に便利な場所というのがあります。ジャンクション、スピードバンプ、カーブなどです。ヒッチハイカーは通常、車を止めやすく、自分がヒッチハイカーであることを分かってもらえるような場所に立ちます。しかし、日本ではそれが当たるとは限りません!」
リタさんは日本語がわからず、彼女を乗せてくれた人々には英語が分からない人もいたため、誤解が起こることもあった。あるときは、都市の中心部で車を下ろされた。ヒッチハイカーは通常、都市の中心部で車を捕まえようとはしない。誰も止まってくれないと考えられているからだ。しかし、リタさんは運試しをすることにした。市内の交通システムを調べ、チケットを購入するのに時間を割きたくなかったからだ。リタさんは言う。
「私はスーパーマーケットの近くに立ち、手を伸ばして待ちました。ほんの5〜10分でバンに乗った若い女性が私を乗せてくれました。こんなことは他の国では経験したことがありません。」
リタ・ティモフェエワさん
「もうひとつ他の国と違うのは、すべての日本人が英語を知っているわけではないという言語の違いです。しかも、私が使用していたGoogle翻訳はときどき意味不明な訳を出してくるんです。それでも、日本人がそもそも非常に好奇心旺盛な人々だったので、コミュニケーションを取ろうとしてくれた人々とは、ときにはジェスチャーの力も借りながらですが、なんとかして共通言語を見つけることができました。」日本人がリタさんに尋ねたのは、主に彼女の人生、日本の印象、好きな食べ物についてだったという。また、リタさんを驚かせたのは、何人かの日本人が食べ物もご馳走してくれたことである。サンドイッチと飲み物を買ってくれたそうだ。
特に松本に向かう途中では多くの冒険があったとリタさんは言う。「私は道路に立っていて、あたりは暗くなり始めていました。まだ50キロメートルほど移動しなくてはならず、しかも山道です。誰も止まってくれません。そこに、若い女性が近づいてきて、ジェスチャーで私にいろいろと尋ねるんです。どうやら、彼女も松本に行く必要があるらしく、一緒に行こうと提案してくれました。しかし道中で明らかになったのですが、実は彼女は松本には用事はなく、ただ私を助けるために、松本まで乗せていくことを決めたというんです。私を連れて行くためだけにガソリンと時間を費やしたんです。日本人はたとえ自分の行き先とは違っても、30~40キロメートルの距離を乗せていってくれる人たちなんです。」日本人のこの特性はリタさんを特に驚かせた。
リタさんが英語で会話したあるドライバーは彼女にこう話したという。「あなたたち(ヒッチハイカーのこと)はユニコーンみたいなものです。本では読んだことがあるけれど、存在しないものだと思っていたら、本当にいるんですね。」
リタさんによると、彼女を乗せてくれた人々は、たとえ言葉が分からなくても、彼女に対して明るく、素朴に、子どものように無邪気に、そして熱心に接してくれたという。
車が止まってくれるのを待つ時間は国によってさまざまで、すぐに止まってくれるところもあれば、1時間近く待たなければならないところもある。日本の場合、この待ち時間は約15〜20分で、極めて平均的である。
「日本でヒッチハイクをしてみて本当によかったと思います。この国と日本人の心をこれまでより少し深く知ることができました。一般の日本人は閉鎖的で、厳格な規則に従って生活しているように見えましたが、ヒッチハイクだとそうした堅苦しさは減ります。私を乗せてくれた人たちは、私には子どもっぽく無邪気で明るい人たちに思えました。」
リタ・ティモフェエワさん