16:58 2019年06月27日
地震で逝った友に捧げる 東洋の「食」を考察する本が誕生

地震で逝った友に捧げる 東洋の「食」を考察する本が誕生

© 写真: MGIMO UNIVERSITY
ロシア
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4月26日、モスクワのレーニン図書館で『東洋の味覚(Вкус Востока)』と題された本のプレゼンテーションが行われた。本は共著で、モスクワ国際関係大学東洋学科の教師、生徒たち47人が筆を執り、ロシア語でいう「ヴォストーク」、つまり東の世界である中近東、アジアからカフカス、そしてアフリカまでを内包する地域の「食」を伝統、文化、哲学、政治、経済を通して考察した。

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地域研究を行う者はみな自分の専門分野の論文は書くが、「フード・スタディー」を正面から取り上げることは稀だ。ところが政治、経済といったお堅い分野の専門家であってもフィールドワークではもちろん食べる、飲む、着る、そして時には踊る!「衣食住」は研究のあらゆる場面について回る。だから専門家に「食」を書かせたら、きっと思わぬ観点から面白いことを書いてくれるに違いない。これが誕生のきっかけとなる構想だった。

本出版を支援したのは「マリヤ・ヤーコヴレヴァ記念ベンガル語とその文化研究の支援基金」。基金が冠しているマリヤさんというのは、かつてモスクワ国際関係大学でベンガル語を学んでいた学生だった。この本は、2015年春にネパール大地震で25歳の若さで亡くなった2人のロシア人外交官、マリヤさんと夫のアレクセイ・リペエーフさんを記念して出版された。

マリヤさんとアレクセイさんは外交官を養成する有名校、モスクワ国際関係大学に入学後、すぐに知り合った「ヴォストーク」の言語、文化、習慣に大きな興味を持つふたりは大学でパシュトー語、ベンガル語を学び、「ヴォストーク」の様々な地域を共に旅した。2014年の卒業後、すぐに外務省に入省。在パキスタン・ロシア大使館への辞令はまたとないチャンスだった。そして赴任したイスラマバードでふたりは挙式した。

ふたりはネパールにトレッキング旅行中の4月25日、チベットに隣接するランタン村で滞在中にマグニチュード8級の激しい地震に見舞われた。現地の土を固めたレンガ造りの建築物はひとたまりもなく、村はほぼ全体が瓦礫の下敷きになった。地震発生以来、連絡の途絶えたふたりの安否を気遣う親族もとにロシア外務省から訃報が届いたのはそれから2週以上が経過していた。

マリヤさんもアレクセイさんも心から「ヴォストーク」を愛し、熱心に学び、これから大きな専門家になり、世界に羽ばたくところだった。動物好きなマリヤさんが郷里のチェバクサリで捨て猫、捨て犬の擁護団体にお金を送っていたことを、家族は彼女の死後知った。パキスタンのロシア大使館にアレクセイさんの遺品を取りに行った家族は、人をよく助けた彼が内戦のドンバスに送金しようと千ドルを取りわけておいたことを知った。ふたりの後には、マリヤさんが拾ってきた子ネコだけが残った。

マリアさんの母のイリーナさんは語る。人生を歩き出したばかりのふたりが命を落とした。娘はこれからいろんなことができたはずだ。生きていたらやっただろうことはなんだろう。そう考えたとき、同じ熱意と愛を「ヴォストーク」に向ける学生たちを助けようという構想が自然と向こうからやってきた。こうして、マリヤさんの学んだベンガル語を勉強する学生を支援する基金が立ち上がった。

「モスクワ国際関係大学の東洋学科の学生さんは本当に頭がいい。東洋が好きで、非常に熱心に学ぶ、気持ちのいい人ばかり。そしてほとんどが裕福な家庭の子どもではありません。みんな、どんな小さなことでも互いに助け合っています。大学からインド、パキスタンなどに研修に行くとき、お金が足りなくて参加できない子もいる。マーシャ(マリアさん)もたくさん助けられ、自分も助けてきました。マーシャが生きていたら、きっと友人や後輩を助けただろう。そう考えたら、彼女が実現できなかったことを私たちがやろうと思ったんです。」

本のプレゼンテーションにはマリヤさん、アレクセイさんと共に学び、大学で研究を続けている学生や指導教官たちが集まった。みんながこの本を執筆した。ふたりの写真がスライドショーで流されると、若さと美しさにあふれる映像は再び涙を誘った。それは仕方がない。でも今ここに集まる人たちはただ悲しみに打ちひしがれてはいない。皆がふたりの気持ちになって、前に進み、こうして本を出した。その本の誕生をみんなが心から喜び、誇りに思っている。誰の口からも誠実な言葉が聞かれた。

マリヤさんの母、イリーナさんは言う。

「自分たち夫婦は2011年桜の咲く頃、日本を旅しようとしていました。計画が倒れたあと、あの恐ろしい地震。つくづく明日のことはわからないと思いました。それか数年たったら、娘の身に起きたんです。私はソ連の教育を受け、神様のことはよくわからない。でも私たちがやっていることは娘たちには見えている、そんな気がします。私が泣いて何もできないでいれば、マーシャはそんな母を恥ずかしく思うだろう。娘に恥じない生き方をしなければ。その思いが私を支えているんです。」

ふたりは今年、そろって30歳となるはずだった。

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地震, ロシア, モスクワ
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