19:23 2019年08月23日

ロシア人著名冒険家、謎の沈没を遂げたソ連戦艦へと潜水

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ロシア
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7月16日、セバストポリで、ロシア人旅行家のフョードル・コニュホフ氏(67)が、ソ連戦艦「ノヴォロシースク」が沈没した場所で潜水した。「ノヴォロシースク」は1955年、奇妙な状況下で沈没。今回の興味をそそる潜水は、コニュホフ氏が予定する黄海に沈没した船への探検に向けた準備に過ぎない。

25分にわたり、コニュホフ氏は非常事態省と海軍学校のダイバーの付き添いのもと、水深16〜17メートルまで潜水した。

「ノヴォロシースク」はソ連黒海艦隊の戦艦。1948年までは「ジュリオ・チェザーレ」という艦名で伊海軍に所属していた。「ノヴォロシースク」は1955年10月29日、爆発の結果、セバストポリ湾で沈没した。

爆発と沈没によって、他の艦隊から派遣された応援部隊含む800人以上が死亡した。

「ノヴォロシースク」

イタリアで囁かれる事故原因の説によると、戦艦はイタリアの破壊工作員が水中から爆破した。「ジュリオ・チェザーレ」引き渡しの際、ファシスト政権下イタリアの破壊工作小隊のユニオ・ヴァレリオ・ボルゲーゼ元司令官が恥辱に対して復讐を誓い、何としてでも戦艦を爆破すると決意したという説だ。

「ノヴォロシースク」の爆発、沈没事件について、ソ連政府委員会が捜査を行った。委員会の報告書は、大祖国戦争中にナチス・ドイツが仕掛けた機雷が戦艦の下で爆発した可能性が最も高いとして、責任は爆発が起きた後、平常心を失った乗員にあると結論づけた。

今回の訓練探検を無事成功し終えたあと、コニュホフ氏は2020年、黄海の海底からロシア帝国英雄ステパン・マカロフ提督の遺体を回収する計画だ。

マカロフ提督は露日戦争で旅順口を防衛し、乗っていた装甲艦「ペトロパブロフスク」と共に亡くなった。

石川啄木は偶然にもマカロフ提督の死からちょうど8年後の同日に亡くなった日本の詩人だが、マカロフ提督の訃報を受けて、次の追悼の詩を作った。

海も狂へや、鬼神も泣き叫べ、
敵も味方も汝が鋒地に伏せて、
マカロフが名に暫しは跪づけ。

ああ、夜の嵐、荒磯のくろ潮も、
敵も味方もその額地に伏せて
火焔の声をあげてぞ我が呼ばふ
マカロフが名に暫しは鎮まれよ。
彼を沈めて千古の浪狂ふ
弦月遠きかなたの旅順口。

コニュホフ氏はマカロフ提督と「ペトロパブロフスク」をロシア国防省がモスクワ近郊に建立する新たな教会に埋葬する。有名な芸術家、ヴァシーリー・ヴェレシチャーギンもこの「ペトロパブロフスク」で亡くなった。

「ペトロパブロフスク」

コニュホフ氏はこれまですでに5度の世界一周航海、17度の大西洋横断を成し遂げた。

さらに世界6地域の7つの最高峰への登頂を達成し、南極と北極に訪れた初めてのロシア人になった。

今年5月には手こぎボートで南太平洋の単独横断に成功した。

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軍事, ソビエト連邦, 歴史, ロシア
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