21:46 2019年11月14日
エイスク(ロシア、クラスノダール地方)

ナチスドイツによる214名の児童殺害事件 ロシアで調査開始

© 写真 : Courtesy of the FSS Directorate for the Krasnodar Territory
ロシア
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1942年にエイスク(ロシア、クラスノダール地方)孤児院で子どもたちが殺害された件に関し、刑事事件として提起されることになった。ロシア捜査委員会の公式HPに公表された。

捜査委員会広報担当のスベトラーナ・ペトレンコ氏は、ロシア連邦保安庁顧問文書館の資料審査の結果、このような決定に至ったと説明した。

情報によると、クルト・クリストマン博士率いるゾンダーコマンドSS-10aは移動式ガス室を備え、1942年から1943年にかけてクラスノダール地方において懲罰作戦を実施した。

1942年10月9日および10日、ゲシュタポ(秘密警察)エイスク司令官のベーデデッカー中佐、同市カンドラー市長、シュトラウフ医師の指示により、孤児院の子どもたちが大量虐殺された。

214名の子どもたちの遺体が発見されたのは1943年、クラスノダール地方がドイツファシスト占領から解放後のことだった。

この犯罪に対しクルト・クリストマン隊長をはじめとする軍・警察の一部は処罰を受けた。しかしベーデデッカー中佐、カンドラー市長、シュトラウフ医師、その他は罰を免れた。

大祖国戦争初期、エイスクにはシンフェロポリの孤児院が疎開していた。クバーニには児童・職員合わせて約300名が移送された。

1942年夏の終わり、エイスクは占領された。10月に孤児らが暮らす家にトラック数台が乗り付け、孤児らを運び出し、埋葬現場まで連れ去った。15分後に子どもたちは死亡していた。

公開された機密文書には集団墓地の研究に関するものもあった。医師2名を含む調査委員会が精査したところ、銃創や体罰による損傷は見られなかったという。

また、集団墓地には障がい児も埋葬されていたことを示す文書もあった。

調査委員会は、子どもたちはトラック内の排ガス中毒により死亡したという判断を下している。

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