18:14 2020年09月24日
ロシア
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4月14日、ロシア連邦議会下院は第二次世界大戦の終結日を9月2日から3日に変更する法案を可決した。一方でロシア連邦大統領付属人権問題評議会および「ベスランの母」委員会はこれに反対を表明している。9月3日はロシアではベスランのテロ事件で犠牲となった人々を偲ぶ日であり、関係者は政府に対し、下院の決議を取り消すよう請願をまとめる予定。

北オセチア・ベスラン学校占拠事件

2004年9月3日、多国籍の武装集団が北オセチア共和国ベスラン市の第1小中学校を占拠した。学校占拠は9月1日の入学式兼始業式の最中に起こり、学校には当時1128人がいた。その大多数は児童だった。武装集団はその後3日間にわたり児童と教師を人質にとり、水や食べ物を一切与えずに拘束した。

ロシア特殊部隊が突入し人質は解放された。この占拠事件によって333人が死亡。そのうち186人は児童だった。また783人が負傷した。

ロシアでは2005年から9月3日はテロとの戦いにおける連帯の日として国民の公式記念日となっている。この日はベスラン事件の犠牲者や負傷者を全土で偲ぶ。

第二次世界大戦終結日の変更

これより前、ソ連とロシアでは第二次世界大戦の正式な終結日は、日本が無条件降伏文書に調印した9月2日とされてきた。終結日法案の作者によると、終結日を変更することにより第二次世界大戦の勝者として歴史的正当性がより明確になるという。1945年の時点では、9月3日は対日戦勝記念日としてソ連で正式な祝日と認められていた。ただし1947年にはそれが忘れられ、3日に代わり9月2日を戦勝記念日として祝うようになった。

1995年以降のロシアでは9月2日を「軍の栄光の日」として、ロシア軍の大勝利を祝う日になった。

第二次世界大戦の終結日の変更法案は4月14日に下院を通過、17日は上院で採択された。現在は大統領の決定・調印を待つ段階にある。

ベスラン学校占拠事件が忘れられるのではないか

終結日変更法案に反対する人権活動家らは、9月3日に変更になることで祝日ムードに押されベスランの犠牲者への記憶が風化するのではないかと危惧している。しかし上院議長は、日付が重なったのは意図的ではなく、ベスランの悲劇については常に国民の記憶に残ると主張している。上院ではまた、このテーマに過剰な反応を示さないよう呼びかけている。

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